Vol.1 紫野和久傳

創業の地に育む森で、「食」と「人」を未来へ繋ぐ

京丹後の料理旅館をルーツとし、2020年に創業150周年を迎えた『和久傳』。

京都・東山に料亭『高台寺和久傳』を構え、ご家庭でも料亭の味を気軽に楽しんでいただけるようにと「おもたせ」を仕立てているのが、『紫野和久傳』です。京都3店舗、東京4店舗、名古屋に1店舗を構え、季節の惣菜や和菓子を製造・販売しています。

2022年、鶴屋では『紫野和久傳』協力のもと、熊本素材を使った「米味噌糀漬け 吹きよせ丹稲菹(たんとうしょ)」をお歳暮ギフトとして限定販売。そこで、同商品を製造している京都府京丹後市の工房を訪れました。

「いつか必ず帰ってきます」。故郷・京丹後への想い

一体なぜ、この場所に……?

案内されたのは、京都駅から車で北上すること約2時間半。京都北部、兵庫県との境に位置する京都府京丹後市久美浜町。深い山々に囲まれたのどかな地で、私たち取材班を出迎えてくれたのは、青々とした緑に覆われた“森”でした。

『紫野和久傳』の食品工房がある「和久傳ノ森」。どなたでも散策や見学が可能です。

『和久傳』といえば、京都の店舗はいずれも京都市中心部にあります。それなのに、どうしてこんなに離れた場所に工房を構えたのでしょう? そこには、創業の地への特別な想いがありました。

1870(明治3)年、峰山町(現在の京丹後市)で料理旅館として創業した『和久傳』。この地域は江戸時代から丹後ちりめんの交易地として栄え、出張や接待で利用されていた『和久傳』も、不夜城と呼ばれるほどの繁盛ぶりでした。しかし、ちりめん産業の衰退とともに、旅館の商いにも陰りが。そこで、京都市内へ打って出ようと決意したのが、旅館に嫁いで女将として切り盛りしていた桑村綾さん(『紫野和久傳』会長)です。

贔屓筋(ひいきすじ)から支援を受けて資金集めに奔走し、1982(昭和57)年に料亭『高台寺和久傳』を開店。老舗料亭が軒を連ねる激戦区へと飛び込み、当初は「田舎の料理」と揶揄されたこともあったと言います。

しかし、数寄屋造りに囲炉裏を設け、貴重な京丹後の間人蟹(たいざがに)を備長炭で焼いて出す趣向が好評を博すと、瞬く間に一流料亭として名声を高めることに。その後、京都駅直結のジェイアール京都伊勢丹や東京の松屋銀座などの一等地へと次々に進出を果たしました。

創業の地である京丹後の『和久傳』を閉じる際には、存続を求めて二千人以上の署名が集まりましたが、1999(平成11)年に惜しまれつつ閉鎖。「いつか必ず故郷に戻ってきます」と誓って8年後、2007年に誕生したのが、「和久傳ノ森」だったのです。

56種・3万本を植樹。更地から「和久傳ノ森」へ

木漏れ日がさす森の中を散策すると、桑、山椒、柿、梅、柚子、栗、オリーブ。四季折々の果実や山菜が豊かな恵みをもたらしています。もともとこの地は、地方自治体が企業を誘致するために用意していた工業団地。何もなかった更地に土砂などを運び入れ、丘陵地を作って一から植樹してきたというから驚きです。

京都市内へ進出後、事業拡大とともにおもたせを製造する工房が手狭となり、新たな工房建設が課題に。そこで、創業の地である京丹後に食品工房をつくろうと土地を手に入れたものの、八千坪という広さ。工房だけでは持て余すほどの土地をどう生かすか? そんなときに出会ったのが、植物生態学の第一人者である宮脇昭氏でした。

「せっかく植えるなら、高価な街路樹よりも安価で手に入り、この土地に合った植生の木を植えなさい。これから何百年にわたって人の営みを守り続けてくれる鎮守の森こそ、ふさわしい」とのアドバイスをもらい、未来へと命を受け継ぐ「和久傳ノ森」づくりがスタートしました。

2007(平成19)年の植樹祭には、料亭旅館時代からのご贔屓筋や地元の方、従業員など1,600人が集まって苗木を植樹。ときを同じくして食品工房も完成しました。そして15年の月日が経った現在は、56種・3万本もの樹木が豊かな森をつくり上げています。

散歩道の途中には、植樹祭に集まった人たちも名前を記したプレートが。

安全安心、手仕事へのこだわり

森の散策を終えると、工房内を案内してもらいました。

森の中には、工房のほかにレストラン、美術館、米蔵、古民家を移築した作業所などが併設されています。

2015年に完成した久美浜第二工房。中庭に見学コースが設けられ、窓越しから製造の様子を眺めることができます。

工房では、季節限定の商品を含めて常時50種類ほどを製造。安全・安心を第一に、食材の選定から包装に至るまで、一連の作業を手間暇かけて手作りしています。

ちょうど「れんこん菓子 西湖(せいこ)」の作業風景に立ち会うことができました。蓮根のでんぷんと和三盆糖を練り上げ、もっちりした食感と優しい甘み、爽やかな笹の香りをお楽しみいただける生菓子。鶴屋百貨店でお歳暮やお中元のギフトとしても人気を集めています。

ていねいに洗いをかけた二枚の笹の葉で、均等に切り分けた生地を包み込んでいく。工程の隅々まで人の目と手で異常がないかを確かめながら、夏の繁忙期には1日1万本もの数を手作りしています。

工房見学の最後に話をお聞きしたのは、豊田副工房長。「米味噌糀漬け 吹きよせ丹稲菹」の考案者です。

「熊本の素材を使った鶴屋限定ギフトを開発してもらいたい」とのリクエストに応えて誕生したのは、『紫野和久傳』で人気の丹稲菹を熊本らしい食材でアレンジしたもの。熊本特産のあか牛と栗、辛子蓮根に見立てた辛子クリームチーズ蓮根という取り合わせが斬新です。

商品説明は記事の最後をお読みいただくとして、ここではよりおいしくお召し上がりいただける調理法をご紹介したいと思います。

あか牛のローストビーフをそのままいただく場合は「薄め」にカット。よりお肉らしさを引き出したいなら、「厚めにカットして表面を炙る」のがオススメだそう。また、辛子クリームチーズ蓮根は「衣をつけて油で揚げると、中のチーズが溶けて風味が変わりますよ」とのアドバイスをいただき、いろいろな食べ方を試してみたくなります。

「食感と味の違いが鮮明で、別々に食べても一緒に食べても、それぞれ楽しんでいただけると思います」と豊田副工房長。偶然にも熊本のご出身でした。

レストランや美術館を併設。京丹後へ足を運ぶ呼び水に

工房見学のあとは、レストランと美術館を案内していただきました。

森の中に佇む三角屋根の建物は、『工房レストラン wakuden MORI(モーリ)』。以前は工房としてお菓子や惣菜を製造していましたが、先ほどご紹介した第二工房の完成に伴い、レストランへと変身。森の中で栽培・収穫した山菜や果物をはじめ、京丹後の食材を使ったランチなどが楽しめます。炊きたての状態で提供される、農薬を使わず育ったお米は、地元農家とともに育てたオリジナルの「和久傳米」。ツヤツヤときらめき、ここでしか味わえないおいしさ。いつも以上に食欲がわいてきます。

そして、もう一つの目玉となっているのが『森の中の家 安野光雅館』です。繊細で柔らかな水彩画で知られる人気画家・安野光雅氏の作品を展示する美術館で、建物の設計は建築界の第一人者、安藤忠雄氏。森と共鳴するように柔らかなタッチの作品たちが、気持ちを優しく溶きほぐしてくれます。

食品工房以外になぜ、これらの施設を設けたか?といえば、「京丹後まで、はるばる足を運んでもらいたい」との想いから。かつて絹織物産業が盛んだったゆえに見過ごされてきた土地の魅力を。そして「長寿の里」と呼ばれるゆえんでもある食の魅力を、この森から発信したい。さらには、高齢者や次世代を担う若者たちを地元で雇用し、創業のルーツである京丹後に恩返ししたい。

一時は京丹後から離れた『和久傳』が、京都で培ったビジネスを故郷へと持ち帰り、「食」と「森」を通じて、地元活性化へと繋いでいく。未来を見据えたその取り組みは、少しずつ、そして着実に、実を結んできています。

Information

【紫野和久傳】
米味噌糀漬け 吹きよせ丹稲菹(たんとうしょ)

京丹後で栽培したお米で米糀と味噌を仕込み、炊いたご飯と混ぜ合わせて野菜3種の香りや彩りを添えた米味噌糀。ここにあか牛のローストビーフ、熊本の郷土料理・辛子蓮根に見立てた辛子クリームチーズ蓮根、熊本特産・渋皮栗の甘煮を漬け込みました。低温で火入れしてうま味を閉じ込めた赤身肉、蓮根のシャキシャキ食感とチーズやマスタードの爽やかな風味、口いっぱいに広がる栗の甘さ。これらが米味噌糀のまろやかな塩味をまとい、多彩な味わいで舌を喜ばせてくれます。バゲットにトッピングしてワインのお供に。豆腐にのせれば日本酒のアテにも。熟成による味の変化も楽しく、残った米味噌糀は漬け床として、最後まで余すところなくお召し上がりいただけます。

■ 14,148円(税込)
※鶴屋限定販売

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