Vol.3 パティスリー 麓

高みを目指して「味」を追求。進化し続ける阿蘇の新定番スイーツ

日本有数の秘湯として国内外から多くの観光客が訪れる黒川温泉。温泉街の中心部に店を構える人気店『パティスリー 麓』で販売するパウンドケーキ「果菓坂ショコラ」が、熊本の隠れた逸品を発掘する「肥後もっこすのうまかもんグランプリ2022」に選定されました。そこで、商品を開発された専務の木下一生さんにお話を伺おうと、本店である『パティスリー・ド・アソ MIYUKI (ミユキ)』(阿蘇市内牧)を訪ねました。

実家の店舗が全焼。故郷の阿蘇・内牧で兄と再スタート

町湯温泉巡りで人気の阿蘇市内牧。ここで長年親しまれてきたのが洋菓子店『パティスリー・ド・アソ MIYUKI 』です。扉を開くと、甘く香ばしいかおりが鼻をくすぐります。ショーケースには色鮮やかなケーキの数々が並び、ギフトにぴったりの焼き菓子などがズラリ。店内の脇には背丈を超えるほど大きなオーブンが据えてあり、次々と焼きあがるスイーツが、訪れる人の目を楽しませてくれます。

「さぁ、中へどうぞ」と厨房へ案内してくださったのは、専務の木下一生さん。商品開発を一手に担い、2店舗のスタッフをまとめています。さっそく厨房で「果菓坂ショコラ」づくりを見学させていただきました。

年季の入ったフライパンに砂糖を入れると、コンロの炎で焦がし始めた木下さん。しばらくすると煙が立ち上がり、みるみるうちに褐色へと変化し始めました。さらに沸騰させた生クリームを注ぎ込むと、キャラメル色に。「キャラメルをビターチョコレートに混ぜ込み、ガナッシュを作っていきます」と木下さん。

「ビターチョコレートをそのまま使ってしまうと、市販されているハイカカオチョコのように苦味だけが際立ってしまいます。お菓子には甘みとプラスアルファのバランスが大切。とくにチョコレートは酸味や苦みなどの複雑な味の組み合わせで成り立っていますから、あえてキャラメルを加えることで苦みが和らぎ、味に深みが出ます。あくまで隠し味のようなものですから、キャラメル自体の味は前面に出ないんですけどね」(木下さん)。

熊本県産の小麦粉「黄金月(こがねづき)」とココアパウダーをブレンドしたものに阿蘇の卵「蘇陽の月」と国産バターを加え、先ほどのガナッシュと合わせて生地が完成。型に流し入れてオーブンで30分ほどかけて焼き上げ、1時間ほど冷ました後にチョコレートをデコレーションすれば完成です。

砂糖を焦がして生クリームを加えた液状の生キャラメル。ほろ苦さが隠し味となってチョコレートケーキの味わいを引き立てます。

ガナッシュというチョコ菓子をヒントに生クリームをたっぷりと混ぜ入れることで、しっとりとした食感のケーキに仕上がります。

生地を均一にするため、機械を使わず手でしっかりと混ぜ合わせます。

時間をかけて焼くと生地の水分や風味が飛んでしまうので、30〜40分ほどで一気に焼き上げるのがコツ。

東京から帰郷。憧れの場所と縁が繋がった黒川温泉の姉妹店

『パティスリー・ド・アソ MIYUKI 』の前身となる菓子店を営んでいたのは木下さんの父親でした。夏はアイスキャンディー、冬になるとバタークリームを使ったケーキと、当時から地元で親しまれていましたが、昭和63年に発生した阿蘇市内牧の大火で焼失。当時、東京でパティシエとして活躍していた木下さんでしたが、同じく東京で修業後、先に帰郷していた兄から「一緒にやらないか」と声を掛けられたことから、帰郷を決意しました。こうして兄が代表、弟の木下さんが専務となり、『パティスリー・ド・アソ MIYUKI 』をオープン。新たなお菓子作りに向けて再スタートを切りました。

内牧温泉郷に店を構える『パティスリー・ド・アソ MIYUKI 』。外のテラス席ではイートインもできます。

憧れの黒川温泉でオープンした姉妹店

今では多くの人たちに愛される店へと成長した『MIYUKI 』。黒川温泉に『パティスリー 麓』を開くことになったのは、思い掛けない出来事からでした。

もともとは南阿蘇に出店する計画があったものの、契約上の問題から白紙に。そんなとき、「うちのお店でやってみない?」と声を掛けてくれたのが、黒川温泉にある『ふもと旅館』の女将さんでした。現在『パティスリー 麓』がある場所で喫茶店を経営していた女将さんは、『MIYUKI 』の常連客。実はその喫茶店とは、木下さんにとって憧れの場所でもありました。以前、友人と黒川温泉を訪れた際、この喫茶店でお茶を飲んだときの印象が残っていたのです。

「いつかここで商売できたら良いなという思いがよぎったものの、まさか実現するとは夢にも思いませんでした。ですから女将さんから話をもらったときは、本当に驚いて」と木下さんは当時を振り返ります。

そこからトントン拍子に話が進み、瞬く間に黒川温泉を代表するパティスリーとして定着。今では平日でもカップルや女性連れ、海外からの観光客などが絶え間なく訪れる繁盛店となっています。

黒川温泉街に雰囲気になじむ古民家風の造りが街にとけ込む『パティスリー 麓』。

若いスタッフの意見から生まれた新食感のパウンドケーキ

2つの温泉郷で親しまれてきたパティスリーから誕生したパウンドケーキ「果菓坂ショコラ」は、どのような経緯で開発されたのでしょう。

それは「日本のおいしいお菓子を持ち帰りたい」という外国人観光客の声がきっかけでした。長期滞在して日本各地を巡るという旅行者もいる中、常温で持ち帰ることが出来て日持ちするお土産を作れないかと考えていた木下さん。すると、ある販売スタッフから「細長いパウンドケーキが都会で流行っているので、ウチでも作ってみませんか」と提案を受けます。

「正直、最初は迷いました。熊本では売れないんじゃないかと。パウンドケーキはフルーツタルトなどに比べると見た目が地味で華やかさに欠けます。ですが、女性目線の感性も大切にしたかったのでトライしてみることに。外国人にとって親しみやすいのはチョコレートだろうと『果菓坂ショコラ』を思いつきました」(木下さん)

焼き上がったケーキにチョコレートをかけてデコレーション。

シンプルだからこそインパクトのある「食感」と「チョコレート」を追求

見た目が派手ではないぶん、こだわったのが「食感」と「チョコレート」によるインパクトです。まず、食感においては「パウンドケーキは飲み物がないと食べづらい」というイメージを一新しようと、しっとりした食感を追求。前述のようなガナッシュの製法をヒントに生クリームをたっぷりと加えることで、口溶けの良い食感へと仕上げました。さらにチョコレートの風味を引き出すために、産地やブランドを吟味したり、材料の配合を変えたり。試作を幾度となく重ねた末、ようやく商品化することが出来ました。その甲斐あって、腕試しにとエントリーした国際味覚審査機構(ベルギー)の2019年コンクールでは、一つ星を獲得。しかしながら「まだ完成形ではありません」と木下さんは言います。

「最初はフランス産のチョコレートを使っていましたが、今はカカオ分72%のベルギー産を使っています。完璧だと思っていても、もっとおいしくなるんじゃないかとチョコレートを食べ比べて、より良いチョコを見つけると、じゃあこっちに変えるかと。その繰り返しです」。そのあくなき探究心こそが、将来のロングセラーへと繋がる最善の道かもしれません。

トッピングされているピーカンナッツとチョコレートが程よいアクセントとなります。

慣れ親しんだ「定番」だけど、何か違う。進化し続けるロングセラーを目指して

『果菓坂ショコラ』を試食させてもらいました。口の中でほろりと崩れ、チョコレートのビターな風味が広がります。マドレーヌと生チョコを掛け合わせたような、新感覚の食感。軽く冷やして薄めにカットしていただくのがお勧めとのことで、常温よりもチョコレートの風味や口どけの良さがより引き立つそう。コーヒーや紅茶にも合わせるのはもちろん、お客様からは「お酒にも合う」との声も届いていると言います。

新型コロナによって数カ月に及ぶ休業を余儀なくされ、ようやく温泉街にも活気が戻り始めた今。今後の目標について尋ねると。

「シュークリームやプリン、チーズケーキのように、ロングセラーとなる商品とは、普段から慣れ親しんできた定番です。ですから、誰もが馴染みのあるスイーツの中で、味を追求していきたいです。今どきのように見た目のインパクトはないけれど、食べたときに『あれ?何か違う。こんなにおいしくなるんだ』と驚いていただきたい。そのためにも、時代とともに変化する嗜好にも対応しながら、味を進化させていきたいと思っています」。

一つ一つの質問に対して、じっくりと吟味するように答えてくださった木下さん。その姿勢は、ケーキ作りにも通じるものがありました。最後に「この『果菓坂ショコラ』もロングセラーとなれるよう育てていきていきたい」と語ってくださいました。

Information

【パティスリー 麓】果菓坂ショコラ&コーヒーゼリーセット

熊本県産の高級小麦粉「黄金月(こがねづき)」とココアを混ぜた生地に、カカオ72%以上のベルギー産チョコレートや生クリームを混ぜ込み、短時間で焼き上げることで風味と水分を逃さずキープ。口どけの良いビターな生地にトッピングしたピーカンナッツやチョコレートの食感が、楽しいアクセントをもたらしてくれます。軽く冷やした後、薄めにカットしてお召し上がりください。阿蘇の湧水を使い、ビターな大人の味わいに仕上げた「阿蘇伏流水コーヒーゼリー」とご一緒にお届けします。

■ 4,644円(税込)

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