
熊本が世界に誇るブランド・球磨焼酎のふるさと、人吉球磨。人吉市から東へ20km以上離れた球磨郡湯前町で焼酎造りに取り組んでいるのが、明治27(1894)年創業の『豊永酒造』です。社長のほかに杜氏が一人、あとは従業員数名という小さな焼酎蔵ながら、国内外のコンクールでは数え切れないほどの受賞歴を誇ります。今回、鶴屋のお中元ギフトでは有機栽培玄米を醸した15年貯蔵の熟成焼酎「ゆ乃鶴」を特別にご用意いただきました。全国的にも珍しい有機栽培玄米による焼酎がどのように誕生したのか。現地を訪ねてみました。
蔵の中に足を踏み入れると、酒蔵特有の甘い香りが鼻をくすぐります。室内には歴史のある石造りの麹室(こうじむろ)や仕込み用のタンク、蒸留機がずらり。『豊永酒造』では9月から仕込みが始まり翌年の6月まで、ほぼフル稼働で焼酎造りを行なっています。
麹造りや発酵・醸造期間、蒸留に至るまで、工程ごとに細心の注意を払い取り組んでいると言いますが、なかでも印象的だったのが「蒸し」への思い入れです。
「蒸し」とは、焼酎造りで一番大事な麹を造るために酒米を蒸すこと。直接蒸気で酒米を蒸すと、蒸気の水滴が下にたまり、麹米をダメにしてしまうので、『豊永酒造』では蒸しムラを防ぐためにダミー米を使っています。「袋に詰めたダミー米を底に敷き、その上に洗った米を置いて蒸していく。するとダミー米が蒸気の水滴を取り除き、麹にとって理想的な内軟外硬(ないなんがいこう)の蒸し米ができあがります。そこまでこだわらなくても焼酎はできますが、良い焼酎を造るには蒸し米こそ大事だと考えています」と蔵を案内してくださった吉村さん。
袋に入ったダミー米。この蒸し方はおもに日本酒造りで用いられ、焼酎蔵で採用しているところは珍しいと言います。
敷地を案内していただいた営業課長の吉村寿夫さん。
続いて見せてもらったのは、地中に埋められた二次仕込み用のタンク。麹室で仕込んだ麹米に酵母を加えてタンクで発酵させますが、おおよそ15日間という目安はあるものの、具体的な日数は決めていないと言います。
「杜氏が毎日撹拌しながら見た目や香り、アルコール度数や日本酒度を確認し、最終的には社長と杜氏が蒸留するタイミングを決めています。酵母はあくまでも生き物。マニュアル化できない熟練職人による経験と勘が、バランスの取れた味わいを生み出しています」(吉村さん)
二次仕込みの様子(左)と蒸留機。
外から見た2つの麹室(こうじむろ)。右手奥の方が歴史は古く、後から左の蔵を増設。 外壁と内部の間には籾殻が挟み込まれ、昔ながらの断熱材となっています。
創業当時からある石造りの麹室は今も現役。
焼酎蔵をひと通り案内してもらったあとは、『豊永酒造』代表の豊永史郎さんからお中元ギフトとして販売する「ゆ乃鶴」の誕生秘話について話をうかがいました。
焼酎の蔵元としては4代目当主の豊永さんですが、もともとのルーツは米農家で13代目。関西の大学を卒業後、大阪でサラリーマン生活を経て、27歳のときに帰郷しました。焼酎蔵の歴史を継ごうと決意したものの、球磨焼酎の業界の厳しい現実を目の当たりにします。
「今でこそ全国的にも知られるようになった球磨焼酎のブランドですが、帰郷した38年前は地元で消費されるのがほとんど。全国はおろか、せいぜい熊本市内で一部の土産店に並ぶ程度でした。当時、人口10万人程度という人吉球磨のエリアだけで32蔵(現在は27蔵)ある球磨焼酎の蔵元たちが価格競争に陥る状況の中、地元で限られたパイを奪い合っていても仕方ない。独自のやり方で差別化しなければ未来はないと痛切に感じました」と豊永さんは振り返ります。
そこで改めて球磨焼酎について調べるうちに、ある一冊の本が一筋の希望を与えてくれました。「それは焼酎文化について紹介した素晴らしい書籍でした。本格焼酎のルーツは鹿児島だとばかり思っていましたが、本を読んでいくうちに焼酎の本当のルーツの地は、球磨じゃないかと思うようになったのです。証拠がないので断定はされていないものの、お米の伝来に関する球磨の歴史を併せて調べていくと、昔の人々は稲作の適地を探すなかで球磨へとたどり着き、土地の素晴らしさにひかれて根付いたとありました。そこで、きっと球磨が本格焼酎の原点だと信じるようになったのです」(豊永さん)。
そうであれば、球磨の素晴らしい土地を表現する焼酎を造らなければ意味がない。それを表現できるのは、この土地だけに生息している微生物にほかならない。しかし農薬や化学肥料を使えば、せっかくの微生物たちが死んでしまう。さらに前述の書籍から、もともと球磨焼酎は玄米から造られていたことを知った豊永さんは「原点回帰」を決意。微生物の息づく有機栽培による玄米を使って焼酎を造ることにしました。
地元で有機栽培の玄米づくりを引き受けてもらえる農家を探し始めた豊永さんでしたが、なかなか見つかりません。「農薬を使わずになんて、できんよ。とはなから相手にされませんでした」。思わぬ段階で窮地に立った豊永さんは、かつて農業をしていて遠縁でもあった那須さんという高齢男性に相談します。すると「いや、できる。戦前は農薬なんて使いよらんかったけん」と引き受けてくれたのです。そこには、かつて那須さんの奥さまが農薬による健康被害を受けたことも理由にありました。
こうして初年度には農薬不使用、有機栽培の玄米2トンが完成。こだわりの酒造りに理解のある地元酒店のサポートを借りて全国に特約店を設け、1990年から本格始動しました。
その地道な米づくりへの取り組みが思わぬところで評価されることになったのは、有機農業を始めて 3年目のこと。人吉球磨全域で凶作に見舞われた際、那須さんのつくる米だけが無事だったのです。「那須さんの米はすごい、有機農法を始めたい」と周辺農家が仲間に加わり、球磨有機農法研究会が発足。そのグループで栽培された酒米を『豊永酒造』がすべて買い取ることで、安定して原料を確保できるようになりました。
しかしメンバーは高齢者ばかり。豊永さんは「将来に繋げるためには焼酎の造り手である自分たちも有機農法の考え方や技術を知っておかない」と、取り組みを始めて10年後の2000年から、自分たちでも酒米づくりを行うことにしました。かつて米農家だったとはいえ、所有していた広大な土地はもうありません。最初は土地を借り、やがて焼酎蔵の裏手や近所の田んぼを購入して、有機栽培の米づくりを徐々に広げてきました。
焼酎蔵の裏手には酒米を栽培するための田んぼが広がり、田植えを控えた土壌には植物が生い茂っていました。「目には見えませんが、ここには微生物たちが息づいています。この土地にしかいない微生物が、この土地でしかできない焼酎を造ってくれる。私たちにとってはかけがえのない財産です」。そう嬉しそうに教えてくださった案内役・吉村さんの言葉が印象的です。
こうして原料となる有機玄米は確保できるようになったものの、豊永さんにはもう一つの悩みがありました。
それは焼酎づくりのなかでも「蒸し」の工程がうまくいかないこと。本来、米麹はパラパラと捌ける状態になるのが理想ですが、豊永さんの使う米は良質なぶん粘り気が強く、米同士がくっついてしまって離れようとしません。
「根性論でやっていたものの、このままでは立ち行かん。それで全国の仲間に相談すると『酒造りの神様と呼ばれて“蒸し”に詳しい先生がいるよ』と教えてもらい、すぐに鳥取まで飛んで行きました」と振り返る豊永さん。その人物とは、漫画のモデルにもなり、日本酒業界を長年牽引してきた上原浩さんです。
有機玄米で焼酎をつくりたいことを相談すると「絶対にやりなさい」と背中を押され、醸造に関する知識や技術を教えてもらえることに。
そこで豊永さんが気付かされたのは「原料処理」の重要性でした。酒米を洗う、浸水させる、蒸す。こうした前処理がうまくできないと、良い麹は絶対にできない。酒造りといえば杜氏たちが室で手揉みしながら仕込む麹づくりが要というイメージですが、実は準備段階がもっとも大事だというのです。そのやり方を忠実に守った結果、米の蒸し上がりが格段に改善。パラパラと捌けの良い、理想的な麹ができるようになりました。こうしたあくなき探究心によって完成したのが今回、鶴屋のお中元ギフトでご紹介する玄米焼酎「ゆ乃鶴」です。
「ゆ乃鶴」は、かつて焼酎の貯蔵タンクとして使われていたタイル張りの地下室で瓶ごと15年間熟成。 一定温度かつ空気に触れることなく寝かせることでピュアな状態のまま凝縮された味わいに。
さっそく「ゆ乃鶴」を試飲させてもらいました。
同じ常圧蒸留で造られたほかの焼酎と飲み比べてみても、明らかに違います。通常の常圧蒸留はコクがあってどっしりと重みのある味わいが特徴ですが、「ゆ乃鶴」は口当たりが柔らかくてすっきりとした飲み心地。後から爽やかな香りが立ち上がります。
実はこの香りを引き立たせるために、瓶熟した焼酎を開封して瓶から一旦タンクへ戻し、櫂で攪拌して空気に触れさせた後、ふたたび瓶詰めしています。ワインのデキャンタからヒントを得たというこの手法によって、15年間寝かせた玄米独特の熟成香が華開くのです。
飲みやすくて飽きのこない味わいなので、まずはそのまま口に含んで風味を楽しみ、2杯目からはロックやお湯割りなどお好みの割り方で。あわせる肴はオードブルやサラダのようなさっぱりした料理がお勧めとのことです。
「ゆ乃鶴」(画像左)と試飲させてもらった焼酎の数々。 いずれも一口目からインパクトのある味わいばかりで、国内外のコンテストでは数え切れないほどのタイトルを獲得してきました。
「球磨の自然を象徴する焼酎を造りたい」と、有機栽培による酒米づくりから取り組んできた『豊永酒造』代表の豊永史郎さん。取材中、豊永さんがたびたび目を通していたノートには、焼酎造りの歴史やご自身の悩み、解決してきたことなどがびっしりと書き綴られていました。
帰郷した当初は4代目を継いだことの意味、球磨で焼酎造りを続ける意義を見出そうと必死にもがき続けてきた豊永さんでしたが、今は違います。この土地、この焼酎蔵でしか作ることができないオンリーワンの強みを見出し、新たな焼酎造りにも情熱を注ぐなど、その探究心はとどまるところを知りません。これからも印象に残る焼酎造りを目指し、さらなる道を切り拓こうとしています。
「球磨焼酎の原点に立ち返ろう」と、農薬不使用・有機栽培の玄米を使った焼酎造りに着手。昔ながらの常圧蒸留により仕込んだ焼酎を瓶詰めにし、一定温度の地下室で15年間熟成させた玄米焼酎「ゆ乃鶴」。瓶から一旦出してワインのように空気に触れさせることで香りを引き出しました。まずはストレートのまま口に含み、玄米独特の香ばしさと柔らかな口当たりをお楽しみください。
■ 米焼酎25度 720ml×1本
■ 5,500円(税込)(60本限定)
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