100%以上の復興を目指す熊本生産者レポート

2016.09.05

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20169月

阿蘇五岳のひとつである根子岳の南側に位置し、通称“南郷谷”と呼ばれるエリアに『山村酒造』はあります。その代名詞でもある「れいざん」は、30年ほど前まで阿蘇地方だけで消費されてきたという地酒中の地酒。4月の熊本地震による影響を受けながらも、この先の道筋には一筋の明るい兆しが見えていました。

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「熊本=日本酒」と聞くと意外かもしれませんが、実は熊本で培養される「熊本酵母」が吟醸酒の発展に大きな役割を果たし、全国の酒蔵が手本としていることは日本酒通の間で知られるところ。熊本県内には明治期まで450ほどの清酒の酒造免許があったそうですが、現在残っている酒造元は、わずか10軒ほど。なかでも山村酒造は宝暦12年(1762年)創業、今年で254年目を迎える老舗です。

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「“れいざん”は、味にきびしい熊本の飲食店からの注文が非常に多く、ありがたいことに作った酒の9割近くが熊本県内で消費されています。酒蔵で作る量には限界があるため、常に品薄。熊本や九州の一部にしか届けられないこともあって、地元でしか飲めないレアな地酒といわれています」

そう語る、専務・山村弥太郎さんは、13代目となる現社長の従兄弟にあたり、30歳の頃に今の道へ。

「東京で働いていた頃、山村酒造の先代社長をしていた父が造った酒を振る舞うと、喜んでもらえたのがうれしくて。この味を残したいと考えるようになりました」

現在、20人ほどいる従業員もほぼ地元出身。まさに“地の酒”として愛されてきただけに、今回の熊本地震は大きな痛手でした。

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山村酒造を代表する銘酒「れいざん」は、荒ぶる火の神と開拓・農耕の神「健磐龍命(たけいわたつのみこと)」の伝説が宿る、阿蘇山に由来します。口に含むと阿蘇の草原が眼に浮かぶようなスッキリとした後口。日本酒ブームで主流となった華やかさとは一線を画す展開が特徴です。「テーマは、“肴を美味しくする酒”。地味だけど2時間かけても飲み飽きない味を心掛けています」と、山村さん。

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なかでも、がっちりとした味わいの「れいざん 原酒豪快」は、ハイボール代わりにトニックウォーターで割ると、フルーティな飲み口に変化。日本酒の新しい楽しみ方として、女性ファンを中心に人気を集めています。「最近は大吟醸や純米吟醸といった、ちょっと贅沢な酒を飲まれる方も増えています」

こうした「れいざん」の味を生み出しているのが、阿蘇・高森町の豊かな環境です。原料の8割を占める水は、広大な外輪山を伝って湧き出る伏流水。湧水の宝庫である南阿蘇一帯の中でも山村酒造は上流にあるため、水源は限りなくピュアで水温も12℃ほどと一定。醸造に適した条件を満たしています。神棚が祀られた仕込み水を飲んでみると、丸みのある口あたりの中からフンワリとした甘さが広がりました。

ちなみに、九州・熊本というと温暖な気候と思われそうですが、標高550mに位置する高森町は夏に清涼、冬だと-10℃までおよぶ寒冷地。

「雪深い福井県から嫁いできた妻が『とんでもなく寒い』と驚いたほど(笑)。これが酒造りには大変ありがたい環境で、この地で酒造りを始めたご先祖さまに、心から感謝しています」

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さらにもう一つ、「れいざん」の美味しさを支える秘密に、長年守り継いできた酒蔵の存在が欠かせません。万延元(1860)年に建造された酒蔵を案内してもらうと、夏だというのにヒンヤリとした空気が漂います。ぶ厚い土壁と土間によって、年間を通して13〜14℃に保たれているそう。

天井には太い梁がどっしり張り巡らされ、一枚板の階段とともに美しい黒光りの艶を帯びていました。艶の元となる柿渋は、防虫・防腐の役割を果たし、柿渋塗りから酒造りに関する道具作りまで、自分たちの手で行っています。

1階には大きなタンクが70本ほど整然と並び、タンク1本あたり一升瓶で2千本ほどの清酒が出来上がるそう。タンクを上からのぞかせてもらうと、なぜか蓋がありません。徹底した清掃で清潔な環境が保たれているため、タンクを開けておくことができ、蔵に付いた酵母を取り込むことができるといいます。

2階には麹米を造る麹室があり、部外者はもちろん、従業員といえども不要な立ち入りはできません。いずれも、蔵の歴史とともに生き続けている酵母たちが、一朝一夕では出せない深みとなって、溶け込んでいるのです。

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「酒造りは農業と同じで“育てる”のが仕事。酵母や麹が育つ環境を造ることに、重点を置いています。機械に頼る工程もありますが、あくまで作業として人が関わっていた部分を補うためで、本質となる造り方は昔ながらのアナログ。たとえば、発酵過程で温度を保つだけなら、機械任せでも良いでしょうが、発酵がどのくらい進んでいるか、エキスがどこまで出ているか、といった判断をするのは、やはり人。それは経験則がないとできない部分です」

阿蘇の米、水、人によって育まれてきた阿蘇ありきの酒。それが「れいざん」なのです。

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4月14日に発生した前震では、それほど深刻に考えていなかったという山村さん。「タンクの酒は随分こぼれましたが、むしろ熊本市内のほうが心配で、取引先の様子を見に行ったほどでした」

ところが16日の本震では、主な交通ルートだった阿蘇大橋が崩落。「ちょうど3時間前に橋を通ったばかりだったので、血の気が引きました」と、当時の様子を振り返ります。

建物の被害は甚大ではなかったものの、蔵の壁が剥がれ落ちた状態に。また、高森町のシンボルにもなった煉瓦造りの煙突にはヒビが入り、安全面を考慮して4mほど短くなっていました。

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さらに地震発生から4、5日続いた停電は、酒造りの要となる“もろみ”の工程にも影響を及ぼしました。

「タンク6本、一升瓶で12,000本分ほどが発酵途中で中断してしまったのです」

本来であれば、タンクの周りにホースを巻いて水で冷やしたり、氷を入れたりして発酵の速度や温度をコントロールしますが、これらに必要な機械がすべて停止。丹精込めて育てたものを、完成間際で諦めざるを得なかった胸中は、察するに余りあるものがあります。

それでも「酒造工程の構造自体や、原料の中心となる水質に大きな被害がなかったのは幸いでした」と、山村さんは前向きに語ってくれました。

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取材で訪れた夏は、例年だと観光客のドライブなどで活気があるシーズン。しかし、高森町でそうした姿は、見かけられませんでした。

「観光客の数こそ減りましたが、ボランティア活動や復興応援で阿蘇へ来てくださった方が、店に立ち寄ってくださってうれしいですね。全国からの支援も大きく、東北の酒蔵さんには震災後の対応などをアドバイスいただいて、本当にありがたいですね」

熊本地震を機に、山村酒造の在り方を改めて考えたという山村さん。扉を開けて待っていてくれる支援者に応えるために、今後は「れいざん」を全国へ送り出すことを考えるようになったといいます。

「そのためにも“れいざん”をブラッシュアップしていくつもりです。酒米作りに励む地元農家や、志を持って就農する若手農家の方々と一緒に、今まで以上の味を目指したい。熊本に育ててもらったブランドですから、“れいざん”を通じて、全国の方に熊本の魅力を知ってもらいたいです」

ひと息ついてリラックスしたいときや、楽しく笑い合いたいとき、すぐそばに「れいざん」がある。今後は、そんなシーンが全国に広がっているかもしれません。

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取材・文/三角由美子 写真/山口亜希子

※本記事の情報は2016年8月取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。

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山村酒造合名会社

所在地: 〒869-1602 熊本県阿蘇郡高森町高森1645
電話: 0967-62-0001

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