阿蘇マルキチ醤油 豊前屋本店
所在地: 〒869-1602 熊本県阿蘇郡高森町高森1231
電話: 0967-62-0535
2016.09.17
阿蘇中岳火口の南部、南阿蘇村から高森町にかけて広がる通称“南郷谷(なんごうだに)”。多くの観光客が訪れてきた熊本屈指のリゾートエリアでしたが、主な交通ルートだった阿蘇大橋の崩落後、観光の流れは一変。地域の人々と一緒にふるさとを再起させようと奮起する、老舗醸造元を訪ねました。
標高555メートル、宮崎との県境に位置する阿蘇郡高森町で1870(明治3)年から醤油・味噌の醸造を営んできた『豊前屋本店』。近隣には日本銘水百選に選ばれる熊本屈指の名水「白川水源」を擁する、醸造にとってこの上ない好立地です。季節はもとより昼夜の寒暖差が大きいため、メリハリの効いた味が生まれるそう。
「夏は2週間ほどしかなく、冬は-10℃になる日も。これだけ冷涼地であるにもかかわらず、蔵で働く人間はインフルエンザ一つかかりません。生命力の強い麹菌で満たされた蔵のおかげかも」
そう語るのは、5代目の看板を受け継ぐ吉良充展さん。昔ながらの製法で造る醤油や味噌をベースに、卵かけ専用醤油、梅醤油、馬刺醤油などの新商品を次々と開発。自らパッケージデザインも手がけるアイデアマンです。
伝統ある仕込み蔵で絞りから手作りする「大吟」は、九州特有の甘さに加えてキリリとした辛さを備え持つ、いわば「良いとこ取り」の甘露醤油。そして、もうひとつの看板商品が、米と麦の合わせ味噌。木製の室(むろ)ぶたで一年以上かけて熟成させ、こちらも昔ながらの製法で作られています。
「私たちの使命は、阿蘇という大自然の蔵でゆっくり時を重ねた醸造品をお届けすること。手間がかかるぶん、一度口にした方の大半がリピーターになってくださいます」
いずれも料理とのハーモニーを考え、食材の持ち味を引き出すために、味が主張しないよう調整。幅広い料理への使いやすさが、長く支持されている理由といえます。
「動ける人は、避難所に醤油と味噌を持って行ってくれ」。本震の翌日、『豊前屋本店』の吉良さんは従業員たちに呼びかけました。支援物資が届くまでの間、炊き出しに醤油と味噌を使ってほしいと考えたのです。
「我が家は幸いにしてガスが使えたので、妻が作ってくれた味噌汁が心にしみました。日頃は当たり前のように口にしていた子供も『味噌汁ってこんなにうまかったんだ。ホッとする』と言ってくれて」
甚大な被害こそ免れたものの、蔵の一部は損壊し、停電続きで営業が再開できない状態。本震3日目に従業員を集めてミーティングを行うと、誰もが先の見えない不安からうつむいていました。
「だから言ったんですよ、誰ひとり解雇はしないって。本当は夜も眠れないほど不安でした」
今回の地震を受け、阿蘇と共生していることを改めて実感した吉良さん。阿蘇の恩恵を受けながら商売を続けてきたことへの感謝と誇りを込めて、屋号に『阿蘇マルキチ醤油』という地名入りの冠を載せることにしました。すると、思いがけず全国から例年以上の引き合いがあったといいます。
「『復興支援のために阿蘇のものをお中元にしたい』との言葉をいただき、従業員と目を潤ませながら梱包した日もありました。モノ作りできる喜びを、改めて感じています」
今後は、震災によって職を失った人たちの雇用も作っていきたいと、吉良さんは優しい表情を見せます。
「先代から繋いできたバトンの間では、戦争や震災もあったでしょう。これまで引き継いだものを次へバトンタッチするためにも、まずは南郷谷に人を呼び戻す観光の流れを作ることが大切。“点”より“面”の視点で考えながら、地域と力を合わせて復興を目指します」
その言葉通り、長年付き合いのある老舗宿を商品提携で後押しし、今年8月には高森町で260年以上続く風鎮祭の実行委員長として活躍。打ち上げ花火や住民ボランティアによる浴衣の貸し出し、南阿蘇鉄道の無料運行などを行い、住人に元気と笑顔をもたらしました。
志を共にする仲間とともに、新たな観光コンテンツ作りにも目を向ける、吉良さん。南郷谷へ行きたくなる “物語”を作ることができれば、これまで以上に選ばれる観光地になる。そんな思いが、吉良さんのやる気を後押ししています。
「今は醤油や味噌のように、じっくりじっくり、仕込んでいるところです」
※本記事の情報は2016年8月取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。
所在地: 〒869-1602 熊本県阿蘇郡高森町高森1231
電話: 0967-62-0535