阿蘇健康農園
所在地: 〒869-1404 熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽5542-1
電話: 0967-63-8500
2016.11.16
自然豊かな南阿蘇村の河陽地区で最先端のヨーロッパ式農業技術を取り入れ、安全・安心で美味しい野菜作りに力を注いできた『阿蘇健康農園』。熊本地震によって約8,200平方メートルの農園施設が壊滅しました。震災から約半年が経った今、「観光と寄り添う農業」の再生にかける想いを尋ねました。
春から秋にかけてバジル、秋から春はイチゴを栽培してきた『阿蘇健康農園』。取材で訪れた10月中旬は、本来ならイチゴの植え付けで忙しい時期のはずでした。しかし、ハウスが並んでいた場所は更地となり、脇には8万ポット分の農作物を育てていた長さ6メートルもの栽培棚が、役目を果たせぬまま積み上げられていました。
代表の原田大介さんは、農園と同じく南阿蘇で大きな被害を受けた、東海大学の農学部出身。博物館の学芸員を経て、2005年に農園を設立しました。
「阿蘇ファームランドに採れたて野菜を供給する農園をやらないかと、母校から声をかけてもらって。大学で農作物の研究をしていたので興味がわき、引き受けることにしました」
寒冷地の阿蘇は露地栽培だと冬の収穫が難しいと考え、阿蘇と似た環境をもつ農業先進国のオランダ、ノルウェー、デンマーク、ベルギーなどを視察。コンピューター制御により温度や湿度をコントロールできるヨーロッパ式の温室ハウスを採用することに。さらに、天敵の昆虫や微生物で病害虫を駆除するIPM(総合的有害生物管理)を取り入れ、継続的に農作物の安定供給が可能な農業生産方式を追究してきました。
観光地にある農園の特色を生かそうと取り入れたのが、全国的にも珍しい多段式のポット栽培。高さ5メートルもある温室ハウスの中に長い筒状の栽培棚を2,300本並べ、1株ずつポットに入ったスイートバジルや北欧レタス、ブランドいちごなどを栽培していました。
新鮮な農作物を必要な分だけちぎって食べられるため少人数のファミリー層に喜ばれ、香港などへ輸出するまでに。また。ヒールを履いたまま体験できるイチゴ狩りは海外からリピーターが訪れるほどで、観光ツールとしての役割も果たしてきました。
さらに、季節による収穫の増減を解消しようと、大学時代に研究していたバジルを主力とした加工品製造に着手。
「原料から作る強みを生かして、おいしいバジルペーストに特化した栽培の研究を重ねてきました。香りが強くてエグミのないイタリアの品種を選び、ストレスのない環境で阿蘇の水や最適な液肥を与えながら生育。辛味の強いスペイン産エキストラバージンオリーブオイルやモンゴルの湖で採れる塩など調味料にもこだわりました。満足いく味が完成するまで、試したレシピは50通り以上。もっとも香りの良い時期に収穫したバジルをすぐに加工するため風味が凝縮され、年間を通じて味を一定に保てるのも特徴です」
こうして誕生した「阿蘇バジルペースト」の確かな品質と味は熊本県の食品コンクールで受賞を重ね、大手メーカーへ販路を広げたり、飛行機の機内食に採用されたりと、売り上げは年ごとに倍増。農園設立から11年目に入り、輸出やリピーターの数が順調に増えてきたところで、熊本地震が起こったのです。
4月はちょうど、バジルの苗10万株を植え付けしていた時期。14日の地震ではさほど被害がなかったものの、もともと緩んでいた地盤が16日の本震によって歪み、農園機能がほぼ再起不能となってしまいました。
「通常だと自宅から農園まで車で20分ほどですが、寸断された道路を迂回しながらようやくたどり着いたのが5時間後。ハウスはしっかり立っていたものの、中をのぞいて愕然としました」
地面に亀裂が入り、美しく並んでいた栽培棚はすべてグシャグシャ。足元には約10年かけて投資してきた最先端機器が、無残な姿で転がっていました。
「声を出して、泣きました。自然の脅威を前に怒りの矛先がどこにもなくて、じっと耐えるしかなかった」
収穫目前だった10万株のバジルなど農作物はすべて枯れて果て、従業員たちと栽培棚を毎日撤去し続けました。さらに6月の集中豪雨が作業を中断させ、復興への道を妨げることに。
「天候で収穫が左右される農業は、ギャンブル性が強いともいわれます。この問題を払拭しようと初期投資に数億円をかけ、台風にも耐えられるハウスを作って重装備していたのですが。さすがに今回の地震は予測できませんでした」
温室ハウスのメーカーに調べてもらった結果、修復はできないと判断。さらに段差や割れ目ができた地盤を整地し、寸断した水はボーリングで掘り直さなければなりません。
「植物はまた種を蒔けば育ちますが、水も電気も道具もすべて失ってしまいました。あの日がなかったらと思うと正直、つらい。10年前に戻ってしまったようです」
原田さんは在りし日の農園を思い浮かべながら、敷地の土を静かに見つめていました。
農園を継続するか、やめてしまうか。原田さんは悩んだ末、同じ場所で農園を再開することにしました。
「ここでやめたら、地震に負けた気持ちになるでしょう。今、確信しているのは、この10年で生まれた人との繋がりや、栽培加工技術のノウハウを蓄積したこと。仮設住宅から通ってくれるスタッフの生活もありますし、もう一回はやれると信じています」
農林水産大臣が見学に訪れ、国の事業として復旧支援も決まりました。とはいえ、かかる費用は約5億円。2割が自己負担となるため、約1億円の負債を新たに背負うこととなります。
来年夏に向けた温室ハウス完成までの間、冷凍ストックしていた原料で、バジル加工品を作っていくことに。これにより、約1万瓶のバジルペーストを製造することができます。
「納品先に現状を話すと、再開を待ってくださる取引先もあって本当にありがたい気持ちです。インターネットやスーパーで購入されていたお客さまからも『心配だけん、電話してみた』と直接ご注文いただいて。早く復活して、商品を喜んでくださる皆さんのもとへ届けたいです」
農園の加工品が情報発信のツールとなり、「南阿蘇へ行ってみたいと思われるキッカケになれば嬉しい」と語る原田さん。農業の未来にも明るい希望をもたらす農園システムの再構築に向けて、歩み始めていました。
※本記事の情報は2016年10月取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。
所在地: 〒869-1404 熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽5542-1
電話: 0967-63-8500