Vol.2 社方園 マスカット

美しさも甘さも芸術品の粒ぞろい。
熊本県北の匠が手掛ける極甘・種なしぶどう

20種類以上のぶどうを栽培。同業者も一目置く2代目

食べやすくて人気の種なしぶどう。なかでも近年、注目を集めているのが、シャインマスカットです。2006年に品種登録され、市場にはまだ広く出回っていない希少種ながら、高級フルーツとしてテレビや雑誌でたびたび取り上げられると知名度が上昇。人気の秘密は果物の中でもトップクラスを誇る糖度と、種なしで皮ごと食べられる手軽さにあります。熊本県山鹿市久原の『社方園(しゃかたえん)』では、このシャインマスカットを中心に20種類以上のぶどうを栽培しています。

代表の社方武路さんは、先代である父親の跡を継いで15年。「ぶどう作りの匠」といわれた父の背中を見て育ち、みずからもまた究極のぶどうを追求する姿勢は、ほかのぶどう農家からも一目置かれる存在です。社方さんが手掛けるぶどうは隙間がなく、大きさの整った粒ぞろい。見た目の美しさはもちろん、1粒1粒にまで栄養が行きわたっているため、はじけんばかりのジューシーな甘さを蓄えています。

そんな逸品がどのように作られているかを探ろうと3月下旬、シャインマスカットの手入れにいそしむ『社方園』へお邪魔しました。

震岳(ゆるぎだけ)を望む雄大なロケーションに佇む社方園。2万平米もの広大な畑で20種類以上のぶどうを育てています

「大きい房はおいしくない」を覆すぶどう作りに専念

熊本県北の山あいに位置する『社方園』。寒暖差があるため、ブドウづくりに適した環境です。近隣4カ所にビニールハウスを設け、長期にわたって収穫できるよう、ボイラーを焚くハウスや無加温のハウスなど分けて栽培しています。2万平米ものぶどう畑を家族とスタッフの4人で管理し、年間10トンの収穫量を誇ります。

知り合いのぶどう農家が持ってきたシャインマスカットを初めて食べたとき、皮ごと食べられる手軽さと芳香に感動し、栽培に踏み切ったという社方さん。「房が大きいぶどうは大味でおいしくない」との固定概念を覆すシャインマスカットが作りたい。そのために工夫したのが、収量を制限することでした。粒数を最小限に抑えることで、残った実に味を集約させるのです。

間引いて、間引いて、半分以下に。ベストな粒だけを厳選

訪れた3月下旬は、花芽が咲き始める時期。ハウス内では、ぶどうの房を形づくる「花穂整形」を行っていました。枝には何本も房がなりますが、成長を見極めながら剪定して良い房だけを残します。開花前後の段階で残す花芽は、わずか3センチほど。花から実になる段階で間引いた粒を成長過程でさらに摘粒し、最終的に半分以上を間引きます。ときには、完成間際で間引くことも。

「何もしないと1房に100粒ほどの実がつきますが、間引いたものと比べて大きさも味も劣ります。それに、表面の実はおいしくても見えないところに小さな実が隠れていると、陽が当たっていないぶん、すっぱくなる。ですから思いきって間引きます。この手入れが品質の良し悪しに左右するので、作業の中でもとくに神経を使います」。

『社方園』が理想としているのは35粒。視察に訪れる同業者から「こんなに切ってしまうの?」と驚かれるそうで、農協が推奨する40〜47粒程度と比べても、どれほど厳選しているか一目瞭然です。長年培った経験をもとに、粒の大きさや味の深み、甘さを考慮し、ベストな状態を判断しています。

開花後、実となる部分を間引く花穂整形。2つあるこれらの房も、いずれどちらかだけ残して剪定されます

線香花火のように芽吹いた花芽。これが結果枝となり、おいしいぶどうを実らせます

開花時期の前後は朝5時くらいから作業を始めますが、それでも1日がかり。「この時期、倒れるわけにはいきません」と社方さん

高糖度の甘さを引き出す、匠の勘と工夫

さまざまな工夫を重ねて、理想の一房を作り上げている『社方園』。そのこだわりは、花穂整形だけではありません。枝の一部をカットして成長点を止める「芯止め」や、結果した房に効率よく日光が当たるよう張り巡らせたワイヤーにテープで1本ずつ枝を固定する「誘引作業」を行い、果実を充実させていきます。

また、フルーツの中で群を抜く甘さにも秘密が。その1つが水の制限で、生育の後期になると水やりを極力控えてストレスをかけることで、ぶどうは栄養を蓄えようとして糖度が上がるといいます。さらに最終段階となる収穫の見極めも、甘さに影響。通常は流通期間を見込んで早めに収穫するのが一般的ですが、鶴屋では完熟状態での収穫を社方さんに依頼。枝に付けたまま成熟させるほど糖度が上がるため、食べ頃となる一番良い状態で収穫してもらいます。このタイミングを見定められるのも、社方さんの確かな技術と経験があってこそ。

葉や枝が重なり合わないよう、テープで誘引して立体的に調整

社方さんからぶどうの生育状況をうかがう果物売場・下田(右)

白・黒・赤、念願の種なし3色ぶどうが完成

インパクトある芳香と甘み、皮ごと食べられる手軽さに惹かれてシャインマスカットの栽培を始めた社方さん。さらにもう一つ、理由があります。それは、白ぶどうであるシャインマスカットと2色の種なしぶどうを3色セットで売り出したいというもの。

ぶどうは黒・赤・白の3色に分類されますが、もともと『社方園』では赤ぶどうに力を入れてきました。九州はほかのぶどう産地と比べると気候が温暖なため、赤色を出すのが難しいといいます。なかでも2011年に品種登録された赤ぶどう「クィーンニーナ」は色も味も濃い人気の品種ですが、うまく色付けするにはシャインマスカット以上に量の制限が必要に。そのため生産者が少なく、社方さんは敢えて栽培に挑戦してきました。

この赤ぶどう「クィーンニーナ」と、昔ながらの品種で根強い人気の黒ぶどう「ピオーネ」、そして新たに仲間入りした白ぶどうの「シャインマスカット」。これらを同じ時期に収穫できるよう、植え方やビニールハウス内の温度管理に工夫を凝らして調整。念願叶ってようやく、その思いが実現しました。今年からはさらなる効率化を図るため、1カ所のビニールハウスに3色のぶどうを植樹。これまで別々のハウスに点在していた黒・赤・白がまとめて収穫できるようになります。

ぶどうは、一度植樹すればずっと収穫できるものと思っていたところ、『社方園』では15年ほどで樹木の寿命を迎えるそう。老化すると色付きが悪く粒も大きくならないため、贈答用としては価値がなくなってしまいます。ビニールハウス内を見渡してみると、今年収穫を迎える葡萄棚の間に、後継となる新しい苗が植えられていました。

「出荷が途切れないよう努力をしているものの、天候や時期によって思い通りにならないこともあります。土地ごとに味も少しずつ変わりますしね。そこが大変であり、おもしろさでもあります」

今年は例年以上に成長しているとのこと。7月上旬にはみずみずしく実ったぶどうたちが、食べ頃を迎えていることでしょう。

初夏にはぶどう棚いっぱいに、みずみずしいシャインマスカットが実ります

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