Vol.5 大和一酒造

生き残った焼酎と温泉の復活が後押しに。
個性あふれる焼酎で水害からの再起を誓う

27ある球磨焼酎の蔵元の中で唯一、温泉を全工程で用いた焼酎

日本三大急流の一つ、球磨川流域を中心に点在している球磨焼酎の蔵元。なかでも熊本県人吉市の『大和一酒造元』は、1898年(明治31年)に岡田千松が創業した酒蔵の経営権を下田伯熊が引き継ぎ、1952年(昭和27年)に再スタート。焼酎本来の深い味わいを残すため伝統製法の「兜釜蒸留機」を独自に開発し、蔵人の五感をフルに発揮した手づくりのもと、焼酎の原点を大切にした古い製法の再現に取り組んできました。また一方では既成概念にとらわれない自由な発想の焼酎づくりを行い、敷地内から湧き出る温泉を仕込み水に用いた「温泉焼酎」、同じく温泉と熊本の特産品である牛乳を使った「牛乳焼酎」などのオリジリティー溢れる製品は、全国に根強いファンがいるほど。これまで順風満帆だった酒蔵を一変させたのが令和2年7月4日、熊本県人吉球磨地方を襲った集中豪雨と球磨川の大氾濫でした。

人吉市街地から車で5分ほど、住宅街に佇む『大和一酒造元』

独自に開発した減圧蒸留機

愛情込めた焼酎が流出。明治期の麹室も無残な姿に

被災から8カ月経って訪れた、この日。『大和一酒造元』の小さな看板を掲げた製造工場へ入ると、水害の爪痕の凄さに息を飲みます。販売所と事務所だった室内の壁や床はすべて取り除かれ、梁や石壁は剥き出しになったまま。

「今回の水害を軽く見ていました。7月4日の朝から『命を守る行動をしてください』との放送が流されていたものの、これまでにも大雨洪水警報が毎年出て大丈夫だったので、高を括っていたんです」と3代目の下田 文仁さんは被災当時を振り返ります。

ところが、球磨川から氾濫した水は住宅街に押し寄せ、製造工場1階の天井近く、約3メートルの高さまで浸水。目の前の道路は川と化し、4メートルの高さがあるタンクが軽々と押し流されていく様子を自宅2階のベランダから見守ることしかできませんでした。

ようやく水が引き、製造工場に足を踏み入れた下田さんは絶句。地下から入り込んだ水が地中に埋めていたタンクを持ち上げ、天井の梁をへし折って屋根を押し上げた状態に。焼酎の醸造に欠かせない機械も水に浸かり、原酒を貯蔵していたタンクは倒れて中身の8割ほどが流出してしまいました。

「大事に、ほんとうに大事に、愛情込めて作っていた焼酎だったんですけど。中身が全部流れ出してしまって……。なかには『これは将来、おもしろくなるぞ』と実験的に期待していた焼酎もあって。即戦力になる牛乳焼酎の原酒もあったんですが、全てめちゃくちゃになってしまいました。明治期から受け継いだ麹室や地下タンクもダメになり、被害額は1億円ほどですが、それ以上にお金では買えないものを失ってしまった。それが一番悲しいです」

地中に埋まっていた仕込み用タンクが地下からの浸水で浮き上がり、なぎ倒された状況をパネルで説明する下田さん

工場の脇に設置していたタンクも道路まで押し流されました

“奇跡の焼酎”とボランティアに背中を押されて

絶望のなかで救いとなったのが、奇跡的に生き残った2つの焼酎の存在でした。梅を漬けたままの梅酒と甕で仕込んでいた玄米焼酎は、いずれも地下からの浸水で浮き上がったあと、また元の位置に着地。運良く難を逃れました。そこで、これらを2本セットにしてクラウドファンディングで支援を募ったところ、目標を大幅に上回る800人近くの人たちが購入。全国から数え切れないほど応援の声が届きした。

そしてもう一つ、背中を押されたのがボランティアの存在です。避難所で寝泊まりしながら、日中は自宅や酒蔵の後片付けに通っていた下田さん。毎朝現地へ向かうと、たくさんのボランティアが応援に駆けつけていました。彼らの協力によってがれきを運び出し、タンクの洗浄や消毒を何度も繰り返すことで、ようやくまた使える状態に。

「正直、苦しい7月、8月でした。ボランティアの皆さんがいなかったら今こうして再開できませんでしたから大変ありがたい半面、人がたくさん来るほど休む間がなくて。でも多くの方々に明かりを灯していただいたおかげで、僕らは前に進むことができました。皆さんの応援がなければ、ずっと引きこもっていたでしょう」。前向きにならざるをえなかったのが良かった、と下田さんは感謝の思いを語りました。

酒蔵に隣接する販売所や事務所は手付かずのまま。幼い頃は家族と食事をしていた思い出の場所です

待望の麹室が完成。4カ月ぶりに仕込みを再開

1日でも早く製造工程を再稼働すべく、まず取り掛かったのが、焼酎造りの心臓部といえる麹室(こうじむろ)の再建です。断熱材として麹室の外側を覆っていたもみ殻を全て掻き出し、木造だった梁や壁、棚は取り壊して消毒。熊本県内の建築業者をあたって麹室の建設を引き受けてもらえる大工さんを見つけ出し、災害からわずか1カ月後には着工。9月中旬に麹室が完成しました。

「あのときは焼酎を待ってくれているお客様を待たせるわけにはいかない、との一心でした。『9月から仕込みたいから8月中に麹室を完成させてほしい』と依頼したんですが、今考えれば無茶な話です。多くの家が全半壊して建築業者は人手も資材も足りない中、当時は状況が全くつかめないまま大工さんにお願いしてしまって」

案内してもらった麹室の扉をくぐると、真新しい木板が壁を覆い、清々しいヒノキの香りに包まれました。もともとは湿気に強く、硬くて丈夫な栗の木で作られていましたが、急ごしらえのため資材が手に入らず、同じく水に強いヒノキを採用することに。ヒノキの香りが影響しないよう、壁から天井までスチームクリーナーの蒸気をあてて匂いを最小限まで抑え、ようやく11月から麹の仕込みを再開することができました。

明治期から受け継いできた石造りの麹室。蔵人の五感をフルに活用した昔ながらの手造りで米麹を育てています

温泉焼酎の“命”、温泉水と地下水が奇跡の復活

麹とともに焼酎に欠かせないのがなんといっても水ですが、蒸留する際に冷却用として使っていた地下水が、水害の影響で枯渇。「まさか地下水が枯れるとは思わず、慌てました」と下田さん。幸いなことに数年前、温泉を掘る際に予備で掘っていた井戸の地下水が生きていたため、現在はその井戸水を冷却に使っています。

また、『大和一酒造元』では仕込み水として敷地の地下500メートルから湧き出す温泉を用いるのが大きな特長です。しかし水害直後は泥水となり、水量も減ってどうしようもない状態でした。そこですぐに専門業者へ依頼し、数日かけて洗浄。泥や砂の混じっていない元どおりの温泉が出たときの安堵は、どれほど大きかったことでしょう。

焼酎に使っている温泉はpH.8.1以上あり、ミネラル豊富な天然アルカリ性。飲めば体に良いといわれ、「そんなに良い温泉なら焼酎にしよう」と33年前から温泉焼酎として売り出しました。温泉を使うことで口当たりが柔らかくなり、飲んだ人から「酔い醒めがラクになる」との声も。お酒好きにはたまらない焼酎といえます。

そしてもう一つ、主力商品となっているのが、同じ温泉で仕込んだ牛乳焼酎です。温泉焼酎を購入した阿蘇の牛乳配達屋さんから「牛乳割りが好きでいろんな焼酎を割って飲んでみたけれど、この温泉焼酎が一番おいしかった」との手紙をもらい、先代である下田さんの父親が試行錯誤。温度管理の難しい牛乳を、お米と一緒に発酵させることに成功しました。牛乳とお米が一緒に発酵することで生まれたフルーティーな香りは、日本酒でいう吟醸香と同じ成分によるもの。

「あまり知られていませんが、熊本は西日本一の牛乳の生産地なんです。500年前から米を原料とする球磨焼酎の伝統とミックスされて牛乳焼酎が生まれたのは、必然だったのかもしれません」

地下水と温泉の復活によって、『大和一酒造元』の顔である2つの焼酎をまた造ることができる。その喜びが、下田さんをはじめとする蔵人たちの原動力となっています。

製造工場内に湧き出る温泉水。洗浄によって以前の良質な温泉が復活

復興半ば。焼酎造りの技を後世に伝えたい

取材に訪れたときは減圧蒸留の焼酎原酒を仕込んでいる最中で、数カ月後には水害以降、初となる出荷を控えていました。未だ手つかずとなっている大半のタンクの洗浄や貯蔵用の地下タンクの新設、資金調達のことなど、やらなければならないことは山積。被災した当初、「事業の継続は困難」と考えていた下田さんですが、全国から届く「いつまでも待っているから」との声に支えられ、前向きになれたと語ります。

「近所に住んでおられたご夫妻や、球磨川の下流に住んでいた同級生一家が亡くなりました。そのことを思うと、命さえあればどうにでもなる。彼らのぶんまで頑張らなんと思っています」

一日でも早く復興し、世界に認められた球磨焼酎の伝統を守りながら技と志を後世に伝えていきたい。優しい眼差しの奥に、復活へ向けた闘志が光っていました。

Information

牛乳焼酎・温泉焼酎セット

水害を乗り越え、奇跡的にタンクに残った「温泉焼酎 夢」。シリーズの中でも“ハナタレ(初垂れ)”といわれる、蒸留して最初に出てくるアルコール度数の高い焼酎を使用した「特撰」は、うま味成分が凝縮。スッキリとした華やかな香りが特長です。同じく温泉で仕込んだ牛乳焼酎「牧場の夢」は、甘くフルーティーですっきりとした口あたりで洋食やスイーツとも相性抜群。いずれもロック、水割り、ソーダ割りと様々な飲み方をお楽しみいただけます。

■牛乳焼酎25度720ml×1、温泉焼酎25度720ml×1
■4,000円(税込)

好評につき、完売いたしました

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