Vol.3 松下醸造場&渕田酒造本店

伝統の火を絶やさない。
同じ球磨焼酎の造り手として全面支援

150年超の歴史を数える球磨村唯一の蔵元が被災

日本棚田百選に選ばれた松谷棚田や鬼の口棚田を有し、九州山脈と球磨川に隣接する球磨郡球磨村。『渕田酒造本店』はこの地で明治2年 (1869年)、渕田嘉左衛門によって創業。「嘉左衛門さんの焼酎」として親しまれてきました。

球磨村の一勝地(いっしょうち)地区で球磨焼酎を造り続けてきましたが、肥薩線の鉄道建設にあたって土地が収用されると、明治41(1908)年に現在の場所へ移転。創業時から使われていた甕も大切に移されました。

看板もなく、意識しなければ通り過ぎてしまうほどの小ぢんまりとした焼酎蔵ながら、麹造りから洗米、醸造までの工程を昔ながらの製法で手造り。伝統を受け継ぐ常圧蒸留、まろやかな味わいの減圧蒸留で醸造し、なかでも樫樽に貯蔵した「一勝地」には根強いファンがいます。

球磨村唯一の蔵元として150年あまりの歴史を紡いできましたが、令和2年7月豪雨による濁流が酒蔵兼自宅を飲み込み、6代目当主の渕田嘉助(かすけ)さんも被災。20歳の時に父親が亡くなって以来、二人三脚で焼酎を造り続けきた母・勝子さんは、近隣の特別養護老人ホームで命を落としました。

孤立無援の蔵元を切磋琢磨してきたライバルが救済

被災当初は自宅2階へ避難した渕田さんですが、足元の水が30センチまで迫ると、自宅裏の高所にある焼酎の貯蔵庫へ移動。8時間あまりを一人で過ごしました。夕方に水が引き始めて蔵の様子を確かめに行くと、そこは目を覆いたくなる惨状だったといいます。仕込み用の大きなステンレスの樽や貯蔵タンクがひっくり返り、地中に埋めていたタンクや甕は浸水による地下水で浮き上がった状態。タンクの中に眠っていた焼酎のうち4割ほどがダメになりました。

電話はつながらず、主要な道路も寸断。数日後から自衛隊の支援によって最低限の生活物資が届く以外にはボランティアも足を踏み入れることが出来ず、孤独な毎日を過ごした渕田さん。

自宅や蔵には大量の泥や砂利が80pほど積もっていたため、渕田さんは山道を迂回して遠く離れた芦北で長靴やスコップを購入。災害5日目から一人で泥出しを始めました。片付けるのに一年以上はかかるだろうと覚悟していた矢先、小さな希望の光が。同じ人吉球磨で球磨焼酎を造る『松下醸造場』が救済に入ってくれたのです。

『松下醸造場』は球磨川の源流にある水上村で、2世紀以上にわたり焼酎造りに携わってきた球磨焼酎最古の蔵元。ちょうど災害発生3日前に社長職を長男・直揮さんに譲ったばかりだった『松下醸造場』会長・幸郎さんは、主要道路が通れるようになった7月末からほぼ毎日、渕田さんのもとへ足を運び、がれきの撤去や泥掻きに汗を流しました。

「ほかにもたくさんの方々にボランティアに来ていただいたおかげで、豪雨災害から1カ月半ほど経った8月の終わりには泥や砂利を出す作業が片付きました。それでも『松下醸造場』さんは、現在までずっと支援してくださって。本当に助かっています」。渕田さんは静かに感謝を伝えました。

救いの手を差し伸べた『松下醸造場』は、江戸期文化元年(1804年)に創業した球磨焼酎最古の蔵元

自慢の焼酎は、江戸時代からのかめと岐阜県・美濃焼のかめで熟成させたものをブレンド。 土を原料とするかめを用いることで自然由来の風味が加わり、味も香りもまろやかに変化します

ともに伝統を受け継ぐ焼酎蔵としての思い

同じ人吉球磨とはいえ、東西の両端に位置する2つの蔵元は40kmほど離れた立地にあり、車で1時間ほどかかります。本来ならば切磋琢磨する関係のはずですが、なぜ『松下醸造場』はここまで手厚い支援を続けているのでしょう。

「だって大変ですよ。2016年に熊本地震を経験したうえ、今回の豪雨災害まで重なって」と語る『松下醸造場』の松下直揮さんは、108年ぶりに松下家に産まれた長男。周囲の期待を一身に背負い、14代目当主へと就任しました。父親以上に年の離れた渕田さんですが、以前から焼酎について語り合う間柄だったそう。

「どの蔵元も親から子へ代々受け継いできているので、長い繋がりがあります。私の祖母と渕田さんのお母様は一緒に旅行へ出掛ける仲でしたが、今回の水害でお母様が亡くなられて。それに焼酎がほかの業界と違うのは、伝統や歴史を重んじていること。一度やめてしまうと、再び新しく始めるのは難しくなります。歴史を後世に繋いでもらいたいとの思いでお手伝いしています」

『渕田酒造本店』では高所にあった5基のタンクが幸いにも生き残っていたため、この焼酎を復活させる作業に尽力。「試しに飲んでみると、とてもおいしい焼酎でした」と語る『松下醸造場』の杜氏・右田洋平さんが週1ペースで渕田さんの酒蔵へ足を運び、タンクを立て直したり瓶詰め作業ができる場所を確保したりしました。豪雨災害を免れた焼酎をなんとか出荷させようと、『松下醸造場』から貸し出した瓶詰め機で瓶詰めを開始。被災から半年経った2021年1月、『渕田酒造本店』の代表銘柄「一勝地」をようやく出荷できるようになりました。

味や香りによって4タイプに分類される球磨焼酎

今回、豪雨災害を免れた「一勝地」を特別に試飲させてもらいました。たる貯蔵とあって、黄金がかった美しい液色はウイスキーのよう。ウッディーな香りが鼻をくすぐり、口に含むとやわらかな甘みが広がります。ストレートで飲んでもまろやかに感じるのは、かめ仕込みによるものだそう。樽貯蔵だとアルコールの水分が一年で2〜3%ほど飛び、そのぶん深みが凝縮。何年もの眠りから目覚めた熟成が醸し出す深い余韻は、ロックでじっくりと楽しみたくなります。

「ここから2kmほど離れたところから湧き出す豊富な地下水を使っています。焼酎の味を決めるのは良い水と原料、そして造り手の腕。私は6代目となりますが、一子相伝で受け継いできた昔ながらの造り方を守ってきました」と渕田さん。20歳の頃に先代の父親が急逝して以来、この道一筋50年以上。口数は少ないながらも焼酎づくりへの熱い思いが伝わります。

せっかくなので『松下醸造場』の代表銘柄「萬屋 次兵衛」と飲み比べてみることに。初代の名前を冠したこちらの焼酎は、かめにて長期熟成した限定酒。口に入れたときの華やかな香りとフルーティーな口当たりは、まるで日本酒のようです。

創業時から守り継ぐミネラルたっぷりの井戸水を仕込みから割水まで使い、江戸時代から使い続けるかめに貯蔵することで味も香りもまろやかに変化。原料となる米づくりから携わっている点も大きな特長です。「10月に収穫した新米を使い、11月から仕込みます。そこまで米にこだわらなくても球磨焼酎は造れますが、米の大きさや味にバラツキが出てくると麹造りが難しくなるので、味を均一化させたくて」。年間に造る量は限られるものの、ブレない品質に重きをおいています。

「一勝地」のように香り高く個性的なキャラクタータイプや、「萬屋 次兵衛」に代表される軽快で幅広い飲み方ができるライトタイプなど、味や香りによって4つに分類される球磨焼酎。いろんなパターンを楽しめるのも、球磨焼酎ならではといえます。

「萬屋 次兵衛」は江戸時代から使い続けるかめで長期貯蔵させて熟成。「一勝地」はかめで醸し、樫樽でじっくり寝かせます(画像はいずれも松下醸造場)

原料米づくりから携わる『松下醸造場』。一年前から契約農家と打ち合わせを行い、自ら精米。 焼酎カスは堆肥として土に還元するなど地元循環型の球磨焼酎造りに取り組んでいます

まだまだやれる。焼酎造りへの情熱と感謝の思いで奮起

渕田さんが造る球磨焼酎は、地産地消。これまで地元・球磨村周辺のスーパーや温泉・宿泊施設、飲食店などで約85%消費されていました。ところが、水害の影響で取引先は次々と閉館。

生活の再建、そして生き残った焼酎を一人でも多くの人に飲んでもらうべく、『松下醸造場』協力のもと販売に全力を注いでいます。現在は補助金を申請中で結果が分かり次第、解体・再建に着手する予定。2022年春には自宅兼酒蔵を完成させ、焼酎造りを再開させる計画です。

73歳となり、周囲の同級生から「もうやめると思っていた」と言われた渕田さんですが、「元通りにはならなくても焼酎造りは続けたい。あと10年は続けるつもりです」ときっぱり。これまで辞めたいと思ったことは一度もないと語る仕事への情熱と、窮地を救ってくれた『松下醸造場』をはじめ多くのボランティアの人たちへの感謝の思いが、渕田さんを突き動かしています。「ピンチのときはお互いさま」の精神で、同業者だからこそ知り得る苦労や喜びを分かち合いながら、2つの酒蔵は歩みを進めています。

Information

【渕田酒造本店・松下醸造場】
球磨焼酎 復興応援飲み比べセット

樫だるで5年以上熟成させた『渕田酒造本店』の「一勝地」は、令和2年の豪雨災害を生き抜いた米焼酎。『松下醸造場』の創業者を銘にした「萬屋次兵衛」は、地元の契約農家とともに米づくりから携わり、代々伝わるかめで長期熟成。復興に向けて力を合わせる2蔵元の球磨焼酎です。

■一勝地25度720ml×1、萬屋次兵衛25度720ml×1
■3,300円(税込)

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