Vol.4 青井阿蘇神社 奉納茶

伝統の火を絶やさない。
同じ球磨焼酎の造り手として全面支援

熊本県随一の茶どころで八十八夜の頃に摘み取った一番茶

球磨茶は山茶(山間部に自生するお茶)として早くから発展し、その歴史は京都・宇治より古いといわれます(熊本県「新産業風土記」より引用)。山々に囲まれた霧深い人吉球磨はお茶の生産に好適地とされ、熊本県随一のお茶の産地としての地位を確立。贈答品として喜ばれるお茶は、茶葉の摘採時期によって一番茶から三番茶まで分けられますが、なかでも立春から数えて八十八夜の頃に摘み取る一番茶(新茶)は特別。霜が降りないため状態が良く、「初物(はつもの)」とも呼ばれるこのお茶を飲むと無病息災で一年を過ごせるとの言い伝えも。また“八十八”の文字を組み合わせた「米」の字が末広がりとなり、縁起が良いとされてきました。

そんな茶どころ・人吉球磨のシンボルといえるのが大同元年(806年)に創建され、地元では「青井さん」の愛称で親しまれる国宝 青井阿蘇神社。2008年に熊本県内初の国宝に指定された際、この由緒正しい神社の御加護にあやかり奉納したお茶は、発売以来、不老長寿の縁起茶として毎年喜ばれています。「以前からご縁のあるお茶屋さんが国宝になったことを喜んでくださって。『お茶を通じて神社や地元に貢献したい』とのお申し出に応じて、筆を取らせていただきました」。そう語るのは、奉納茶のラベルを飾る題字と落款の主で国宝 青井阿蘇神社の70代目・福川義文宮司です。人々にとって心の拠りどころとなってきた国宝 青井阿蘇神社ですが、令和2年の豪雨災害によって大きな被害を受けました。

令和2年7月豪雨では鳥居がすっぽり隠れるほどの浸水に見舞われた、国宝 青井阿蘇神社

あの青井さんが……。人吉球磨史上最大規模の豪雨で浸水

「あの青井阿蘇神社が浸水してしまった」。その知らせは人吉球磨のみならず、多くの人を驚愕させました。

「この神社は1200年以上の歴史があり、1600年代に大きな水害が起こったとの記録がありますが、当時の文献の記述が3行ほどしかなく“楼門3尺(約90cm)“と書いてあるだけなので、恐らく『あと3尺で楼門まで水がたどり着く』との意味かと私は解釈しています。もしくは、楼門が3尺ほど水没したのだとしても、それと比べて今回の水害では何十人も犠牲となり、2階建を含む家屋の多くが水没しました。そのことを考えると、人吉球磨の歴史上、最大規模の水害と言えるでしょう」と福川宮司。

神社は住宅街より一段高い場所に位置しているため、被災当日の朝までは周辺住民の避難場所にと考えていた福川宮司ですが、様相はみるみるうちに一転。避難した自宅2階のひざ丈まで水が押し寄せていました。昼過ぎになって水が引いたところで、泳ぐように水をかき分けながら神社へ向かうと、その変わり果てた姿を見て途方に暮れたといいます。

「車や物置などが境内に流れて来ていましたが、職員が拝殿に固定したロープを自らの体に括り付け、漂流物が楼門に当たらないよう命懸けで流してくれていました。社殿は石の上に建物が建つだけの造りですが、何とか持ちこたえて」。不幸中の幸いに、福川宮司は胸をなで下ろしました。

ハス池にかかる禊(みそぎ)橋は今も壊れたまま。その先に立つ石造りの鳥居は浸水の際、わずかに頭頂だけが見える状態でした

手水舎の2メートルほどの高さに貼られた黄色いテープは浸水の高さを表したもの。周辺の住宅には4.3メートルの高さまで水が押し寄せました

文化苑の応接間にある襖は、腰のあたりまで変色

支援物資の拠点に。再認識した地域の拠りどころ

神社も大きな被害を受けるなか、地元のために境内を解放。1カ月あまり支援物資の拠点となりました。被災者と支援者のニーズをSNSで情報発信してマッチング。拝殿の廊下や回廊に衣類や食糧、スコップや一輪車などの支援物資を並べ、自由に持ち帰れるようにしました。

そうした中、参拝に訪れて涙を流す人、無事だった社殿を見て安堵する人。神社が地元の人にとってどれほど大切な存在か、改めて考えさせられたという福川宮司。「とにかく早く神社の機能を回復させなければ、と。このような状況でも神社にお参りしたい方はおられるでしょうし、赤ちゃんだって生まれてくるでしょう。災害物資の拠点としての役割は7月までとし、以降は他の支援団体にお任せしました」

右わきの被災した社務所はすでに解体され、更地となっていました

ハスの名所として知られる池はボランティアによって清掃。難を逃れたハスが新たに植え付けられ、数年後にまた美しい花を咲かせる予定です

「保守と進取」の精神が息づく、築400年超の稀有な神社

本殿、廊、そして急勾配の茅葺屋根が特徴的な幣殿、拝殿、楼門いずれも約400年前の建造当時のまま現存することから、国宝指定となった青井阿蘇神社。これらの随所に「調和」の思想が表現されていると、福川宮司は語ります。廊に据えられた龍の彫刻や、拝殿横に立つ獅子はそれぞれ「あ・うん」の形相が二体一対となり、「陰」と「陽」を表現。

「陰陽は表裏一体の関係です。世の中は相反するもので出来ていて、晴れと雨があるから作物が育つ、男女がいるから子どもが生まれるというように、これらが調和しないと成立しません。ですから、いにしえの人たちは五穀豊穣や子孫繁栄を祈る空間に、陰と陽のバランスをとるための調和を張り巡らせたのでしょう。人吉球磨の今後にとっても欠かせない思想だと思います」

毎年10月に執り行われるおくんち祭で国の重要無形民俗文化財「球磨神楽」を奉納するための神楽殿

人吉球磨の良さを伝え、さまざまな繋がりを調和する存在に

境内の一角へ案内されると、大きな看板とレプリカが設置されていました。そこには社務所や授与所を一体化させた「青井の杜 国宝記念館(仮称)」を建設予定とのこと。国宝指定10周年を記念して以前から計画中でしたが、水害や新型コロナウイルスの影響で先延ばしに。現在、2022年3月末の完成を目指して建設が進められています。

建築デザインは新国立競技場の設計などを手がける隈研吾氏に依頼。機能性のみならず、人吉球磨が日本遺産となった「相良700年が生んだ保守と進取の文化」のストーリーを体現するものと位置づけています。

「このストーリーを神社に当てはめると、“保守”とは守るべきこれらの社殿および歴史と文化であり、新たに完成する記念館が“進取”といえます。ひと言で保守と進取と言っても分かりづらいですが、境内にこれらの建造物が並べば一目瞭然で理解できる。そうした狙いもあるんです。古いものを守るためには、常に新しい風を吹き込んでいかないといけない。新旧が調和することで新たなものがうみ出され、さらなる発展へ繋がることを願っています」

茅葺き屋根風のデザインによる純木造の記念館には、樹齢800年あまり自生していた地元の市房杉などが使われます。またギャラリーには神社の宝物品をはじめ、クラウドファンディングの支援金によって水害の難からよみがえった御神刀や奉納刀も展示される予定です。

「人吉球磨は山々に囲まれた木材の産地ですが、ブランドとしての知名度は低い。ですから地元の木材を使うことで、地域の豊かな資源にも目を向けてもらえれば。これまで、人吉球磨には何もないといわれることもありましたが、ここにしかない大切なものもたくさんあります。ですから、その良さを伝えることも神社の使命と考えています。お茶も同じで、人吉球磨には良質なお茶がある。この神社はお茶とご縁があり、昔から地元の方がお茶会を開いてこられましたし、裏千家の千玄室大宗匠には複数回お越しいただき、献茶祭をご奉納いただいています。今回の水害は地域から多くのものを奪いましたが、同時に大切なものをたくさん得ることができました。震災支援を通じて生まれた新たなコミュニティーもそうです。地元で盛り上げていくことも大切ですが、地域外の人たちとも繋がりながら人吉球磨を盛り上げていく。それぞれの繋がりを調和させていくことが、私たち青井阿蘇神社の役割でもあると思います」

国宝指定10周年を記念して建設が予定されている「青井の杜 国宝記念館(仮称)」の看板とレプリカ

茶道 裏千家十五代家元によって記念植樹されたコウヤマキ

Information

八十八夜の奉納茶

八十八夜の頃に摘んだ人吉球磨の最高級お茶セット。国宝 青井阿蘇神社に奉納され、福川宮司直筆による題字と落款がラベルを飾ります。通常の緑茶より2倍ほど時間をかけて茶葉を蒸した「深蒸し煎茶」は渋みや青臭さがなく、まろやかなうま味。回転ドラムの熱風で茶葉を乾燥させた丸い形状の「玉緑茶」は、豊かな香りとやわらかな味わいが広がる逸品です。

■80g×2(税込3,240円)、80g×3(税込5,400円)、120g×3(税込10,800円)

好評につき、完売いたしました

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