Vol.3
宮元酒造場
人の手と五年のときが育んだ、希少なふたつの球磨焼酎「九代目」
鶴屋のお客様に届けたかった、特別な一杯
のどかな田園風景が広がる熊本県球磨郡多良木町。球磨川の上流近くに、球磨焼酎の蔵元として2番目に長い歴史を刻む『宮元酒造場』があります。
文化7(1810)年に萬屋(様々な雑貨や食料品を売る小売店)として創業し、第32代相良藩主から茶屋(焼酎屋)を拝命して以来、地元の人々からは親しみを込めて「茶屋」と呼ばれてきました。
そんな『宮元酒造場』を代表する銘柄が、1994年に誕生した「九代目」。契約栽培の加工米をぜいたくに使い、5年間じっくりと熟成させた球磨焼酎です。
これまで「九代目」は、全国の限られた地酒店でのみ取り扱われてきました。問屋を通さず、蔵元が信頼する酒販店へ直接届けるという独自の販売方法を貫いているため、一般にはなかなか出合えない焼酎でもあります。
そんな『九代目』を「鶴屋のお客様に、ぜひお届けしたい」との思いから、鶴屋では長年にわたって交渉を重ね、今回ついに販売が実現。百貨店としては全国で初めての取り扱いとなります。
さらに今回のために、蒸留法の異なる「常圧」と「減圧」を飲み比べられる、鶴屋でしか手に入らない限定セットを特別に用意してもらいました。
そこで現地を訪ね、焼酎造りに携わる10代目当主の娘・宮元尚美さんと杜氏の森山英一郎さんに、この焼酎に込めた思いを伺いました。
昔ながらの「手造り」を受け継いで
『宮元酒造場』の焼酎造りで特長的なのが、手造りへのこだわりです。
「『伝承造り』を前面に打ち出しているので、人の手を介した造り方を徹底しています」
そう話す尚美さん。
創業以来、守り続けているのが、「石室による手造り麹、木桶こしき蒸米造り、かめ壺での仕込み、伝承単式蒸留」という四つの伝承です。
なかでも、焼酎造りの要となるのが「麹造り」。
木樽で蒸した米を冷まして麹室へ運び、一粒一粒がばらばらになるよう手でほぐしながら広げ、麹の種となる「種麹」をまんべんなく振りかけていきます。
修理を重ねながら大切に使われてきた木桶。底から蒸気を上げて麹米用の米を蒸します。
麹菌が米に付着して増殖を始める際、自然と温度が上がってきます。そこで、かき混ぜたり、広げたり、盛り上げたりと1〜2時間ごとに手をかけ、ときどきの状態を見ながら温度を調整していきます。
「湿り具合も天候や気温によって変わるので、違いをはかるには手加減が大事なんです」と尚美さん。
2、3日がかりで行われる麹造りは、体力的にも精神的にも大きな負担がかかる工程。それでも二人は自分たちの手や目、鼻、舌など、五感を使って状態を見極めることを大切にしています。
「仕上がりの良い米麹は、菌の着き具合が違うんですよ。密度が違う。白くなった麹菌が米のまわりにモフ、ギュッと密着しているんです」。でき上がった麹についてうれしそうに語る杜氏・森山さんの表情から、焼酎造りへの愛情が伝わってきます。
二人三脚で受け継ぐ、伝承の味
森山さんは『宮元酒造場』に入社して12年目。もともとは別の業界で働いていましたが、幼い頃から顔見知りでもあった尚美さんに声を掛けられ、蔵の仕事を始めました。
一方の尚美さんも、最初から焼酎造りの中心を担っていたわけではありません。
「最初は家業を手伝う程度で。まさか自分が中心となって焼酎を造ることになるとは思いもしませんでした」
入社当初はボトルのラベル貼りなど裏方の仕事を担当し、ゆくゆくは自分の息子が後を継いでくれるだろうと思っていたそう。ところが、長年焼酎造りを取り仕切ってきた杜氏が現場を離れることとなり、父から「今後のためにも創業家直系の者が焼酎造りに携わる必要がある」と告げられ、尚美さんが現場を担うことに。慣れない仕事は想像以上に厳しく、ときにはタンク同士の隙間に隠れて泣いたこともあったと振り返ります。
そんな尚美さんを支えたのが、森山さんでした。
「彼の明るさに救われました。それに仕事熱心で、作業がていねい。特に一つひとつの工程において妥協しない姿勢は、杜氏として欠かせない要素だと思います」と、森山さんについて語る尚美さん。
一方、森山さんは尚美さんを「姐御肌」と表現。言いたいことをざっくばらんに言い合える二人の関係は、まるで家族のようです。
二人体制となってからは先代の杜氏を招き、二人で一から焼酎造りを学ぶ日々。「最初はめちゃくちゃ大変で。一番大変だったのが、麹づくりの温度管理です」。特に冬場に行う麹づくりは気温が下がりやすく、どのくらいが適温なのか、感覚を身につけるまでが難しかったといいます。
「味わいに納得いかないときはランクの低い焼酎として扱うしかない。それを避けるために、どうしよう、どうしようと、あらゆる手段を講じて、二人で徹夜したこともありました」と苦笑いする二人。そんな経験を重ねながら、お互いに少しずつ感覚を培ってきました。
伝統を守りながら、時代に合う味へ
そもそも「九代目』が誕生した背景には、焼酎業界を取り巻く時代の変化がありました。
昔から地元の人々に親しまれてきた『宮元酒造場』の焼酎。人吉・球磨全域から買い求める人が訪れる一方で、親しみやすい酒だったからこそ安価な焼酎として扱われ、仕入れ店に買い叩かれることもあったといいます。
そんな既存のイメージを変えたい。
歴代当主の名を刻む記念碑
蔵の中には代々受け継いできた焼酎造りを紹介する写真も
さらに平成に入り、焼酎業界では機械化や大量生産が進むなか、「手造りの伝統を途絶えさせてはならない」という思いもありました。
そこで目指したのが、伝統の技を守りながら全国の人に飲んでもらえる新しい球磨焼酎。1994年に誕生した「九代目」は契約栽培の加工米をぜいたくに使い、長期熟成。伝統的な手造りを守りながら、減圧蒸留によって、すっきりとフルーティーで飲みやすい味わいに仕上げました。焼酎を飲んだことがない人にも親しまれる味を目指したのです。
造った酒を、すぐには売らない
『宮元酒造場』のもう一つの大きな特長が、時間をかけた熟成です。
年間生産量の75%以上をすぐには出荷せず、最低5年以上貯蔵。じっくりと時間をかけることで味わいを育てています。
手造りであることと同時に「待つこと」も、「九代目」の大切な要素に。その希少性を守るために選んだのが、「限られた地酒店だけで販売する」という方法でした。
現在の10代目当主が全国の酒屋を一軒一軒訪ね、信頼関係を築きながら販路を開拓。問屋を通さず、造り手のこだわりに共感する酒屋へ直接届けています。
インターネットによる直接販売も行っていないため、現在も全国でも限られた地酒店でしか手に入らない、希少な球磨焼酎。そんな『九代目』を、百貨店としては鶴屋が初めて取り扱えることになりました。
鶴屋でしか出合えない、まったく異なる味わいの「九代目」
「鶴屋のお客様にも、ぜひこの味をお届けしたい」。
その思いから長年にわたって交渉を重ね、ようやく実現した「九代目」の取り扱い。
しかも今回、鶴屋のために特別に用意されたのが、蒸留法の異なる「常圧」と「減圧」をセットにした限定お歳暮ギフトです。
同じ米と水を使い、5年熟成させた「九代目」ですが、蒸留方法が違えば、味わいも香りも大きく変わります。
「香りから全然違いますよ」
そう言われて、まず「減圧」を試してみました。
鼻を近づけると、爽やかで華やかな香り。口に含むと軽やかでフルーティーな味わいが広がります。すっきりとした飲み心地で、食事と合わせても料理の味を邪魔しません。
一方の「常圧」は、グラスを近づけた瞬間から、どっしりとした香りが立ち上がります。口に含めば、米のうま味と厚みを感じる、力強い味わい。昔ながらの球磨焼酎らしさを感じさせる、個性のある一本です。
「常圧はお湯割りにして、立ち上がる独特の香りや風味を楽しむのがおすすめ。減圧はロックやソーダ割りを食中酒として合わせるのもいいですよ」と尚美さん。
同じ「九代目」でありながら、まったく異なる表情を見せてくれる2本。飲み比べることで、蒸留という工程の違いが味わいに与える影響も楽しめます。
「こら、うまかばい!」から始まる、これからの「九代目」
手間をかけて育てた麹、仕込み、蒸留。そのすべてを終え、焼酎が完成した瞬間には、二人だけの喜びがあります。
「手をかけているぶん、自然と愛情が湧くんです。成育中の麹に『今度はどぎゃんあると?』なんて話しかけたりして」と笑う尚美さん。蒸留で最初に取れる「ハナタレ」の香りや味を確かめ、森山さんが「こら、うまかばい!」と声を上げると、それまでの苦労も吹き飛ぶといいます。
「おいしいのは大前提。今後は新しい味わいを目指して冒険してみたい」と森山さん。尚美さんも、受け継いだ味を大切にしながら、時代に合わせて改良を重ねたいと考えています。
伝統を守りながら、年ごとの米や気候と向き合い、自分たちの手で少しずつ磨いていく。同じ5年の歳月を重ねた「九代目」。それでも蒸留法が変われば、味わいも変わります。
今回の限定セットを飲み比べながら、歴史が息づく製法と二人の挑戦が生み出す奥深さをお楽しみください。