Vol.4
3時のドーナツ
山鹿発、家族愛から生まれた素朴で優しいドーナツ
「わが子が安心して食べられるおやつを作りたい」。そんな思いから2022年に創業し、無店舗販売の頃から行列が絶えないブランドへと成長したドーナツ専門店があります。その名は『3時のドーナツ』。夫婦が二人三脚で育ててきたドーナツは、幼いお子さんから大人まで安心して食べられるおやつとして人気を集めています。2025年鶴屋お歳暮ギフトでは、この看板商品などを詰め合わせた限定セットを販売。そこで現地を訪れ、ブランドの誕生秘話やこだわりについて伺いました。
笑顔をはぐくむ時間を。店名に託した思い
温泉街としても知られる熊本県山鹿市。かつて大名行列の宿場町として栄え、古きよき時代の面影を今に伝える豊前街道沿いに、全面ガラス張りの外観が目を引く『3時のドーナツ』があります。
店内へ足を踏み入れるとドーナツを揚げる甘い香りが漂い、営業時間前の工房は活気に満ちていました。厨房で成形した生地が油の中で香ばしい焼き色へと変わり、それぞれのフレーバーをまとった揚げたてのドーナツが次々とカウンターテーブルに並べられていきます。
こちらで働いているメンバーは、地元で子育てまっただ中にあるママたち。お互いの子育てや暮らしを支え合いながら仕事をする姿は、大家族のような温かさを感じさせます。
「お子さんから高齢の方まで安心して食べられるものを作る。それだけは開業当初から変わらないこだわりです」。油のはぜる音をBGMにしながらチャーミングな笑顔でそう語ってくださったのは、店主の横手有希さん。ご主人と二人三脚でお店を切り盛りしながらメンバーを見守り、原料や作り方にこだわったドーナツを作り続けています。
『3時のドーナツ』という店名に込めたのは、子どもはもちろん大人も大好きな「おやつの時間」を楽しんでほしいとの願いから。「私たちの作るドーナツを食べながら、笑顔になれる時間を過ごしてもらいたくて」と有希さん。会話の端々から食べる人への優しいまなざしが伝わってきます。
孤独な子育てと夫の病を乗り越え、夫婦が選んだ挑戦
「以前は夫の転勤先である長崎市で暮らしていました」と、有希さんは開業の経緯について語り始めました。当時のご主人は建設業に従事するサラリーマンで、朝から深夜まで働き詰めの日々。週末もほとんど家にいない生活でした。その結果、まだ小さかった長男は父親の顔を見る機会が少なく、久々に会った父を見ても「この人誰だろう?」と不思議そうな顔をしていたほど。今でこそ笑い話として語ってくださった有希さんでしたが、当時は頼れる人もおらず、孤独なワンオペ育児に心がすり減る毎日を過ごしていたといいます。
そんななかで救いとなったのが、当時一歳半だった息子さんと一緒に過ごす「料理の時間」でした。フルーツをカットしたり、サンドイッチを作ったり。なかでも息子さんが気に入ったのが、ニンジン嫌いを克服させるために作った「にんじんドーナツ」です。「キッチンで揚げたドーナツを一緒にほおばる時間が、親子の絆を深める大切なひとときになりました」と有希さんは振り返ります。
そこから「本当のおいしさをわが子に伝えたい」との思いが芽生え、シンプルながらもおいしいドーナツのレシピを追求。原料を吟味しながら配合を工夫し、ついに必要最小限の材料だけで作る特別なドーナツが誕生しました。
その後、ご主人が病気で長期休養を取ったことを機に夫婦で向き合う時間が増え、家族の在り方を見直す転機に。復職か、新たな挑戦か――。迷った末、夫婦は「一緒に夢を追う道」を選びました。夫の地元である熊本県山鹿市へ移住し、ドーナツ店を始める決意を固めたのです。
繋がりがうむ山鹿素材のドーナツ
こうして2021年12月、横手さん夫妻は山鹿市の豊前街道での開業を目指しました。昔ながらの町並みが残る一方、シャッターが降りたままの店や空き家が並ぶ通りに活気を取り戻したい――そんな願いもありました。
とはいえ、飲食業界は未経験なうえ、当時はコロナ禍の真っただ中。貸してもらえる物件が見つからず、計画は難航しました。そこで思い切って無店舗型のテイクアウト販売へと切り替えることに。コーヒー店にドーナツを置かせてもらったり、イベントに出店したりと「ドーナツで人と地域をつなぐ」役割を果たしていくうちに「行列のできるドーナツ屋さん」としてSNSなどで話題を集める存在となっていきます。
こうした活動を続ける中、豊前街道沿いにある理想の物件と出会い、ついに念願の実店舗を開設。揚げたてのドーナツとともに始まった夫婦の挑戦は、歴史ある町へ新しい風を吹き込んだのです。
ザクザク食感がやみつきに。山鹿の素材が奏でる味わい
『3時のドーナツ』のこだわりといえば、なんといっても妥協しない素材選びにあります。ベースとなる主な食材は、熊本県産小麦や平飼いたまご、きび砂糖、海水100%の天然塩、よつ葉バター、国産米ぬかを使った米油、アルミニウム不使用のベーキングパウダーなど。フレーバーごとに「小山製茶」の抹茶や「豆かをり」の豆腐、米粉といった地元山鹿の素材を生かし、保存料や香料に頼らない製法を徹底。だからこそ、一口食べれば素材そのものの豊かさが広がります。
今回、鶴屋の2025年お歳暮カタログギフトとして提供していただく詰め合わせの中から「ザクザクドーナツ」シリーズを試食しました。冷凍配送でお届けされるこれらのドーナツは冷凍で保存することができ、冷凍庫から出して“解凍0秒”で食べられるというユニークな商品。チョコレートの掛かっていないタイプは電子レンジやトースターで温め直せば、でき立てに近い風味をお楽しみいただけます。
切り込みの入った独特の形状には「家族で仲良く分け合えるように」との思いが込められています。手で割って口に入れると、その名の通りザクザクとした軽やかな食感が広がり、油っぽさがなく甘さ控えめ。お子さんから高齢の方まで親しみやすい味わいで、素朴ながらもやみつきになるおいしさでした。
人と地域をつなぐドーナツ屋を目指して
多くの子育て中の母親たちは、夢を追いたいと思いながらも、家庭や子育てとの両立という大きな壁に直面します。有希さん自身もその一人でした。だからこそ、『3時のドーナツ』では、子育て世代の女性たちをメンバーとして積極的に雇用しています。
家事や育児が一段落して通勤できるようにと、オープンは午後1時から。子どもが急に体調を崩したときにはすぐに帰れるサポート体制を取り、お店のバックヤードにはメンバーの子どもたちが過ごせる託児スペースを用意。母親としての役割と働く場の両立を可能にする環境を整えました。
また、有希さんは保育士資格を生かして、地元の保育園で「食育ワークショップ」を開催。子どもたちに油や火の扱い方を伝えたり、防災意識を学んでもらったり。さらに原材料のもととなる農産物の成り立ちを紹介することで「食」の大切さを子どもたちに伝えています。
取材が終わり店を出ようとすると、平日にもかかわらず開店前からお客さまが列をなしていました。家庭の台所から始まった『3時のドーナツ』。それが今では地域を結び、人を笑顔にし、子育て世代の背中を押す大きな輪へと広がっています。山鹿の恵みを詰め込んだドーナツは、贈り物として受け取った人の心を優しく満たしてくれることでしょう。