Vol.4
渕田酒造本店
水面を渡るカワセミのような清々しさ。
球磨村唯一の焼酎蔵元が醸す、復興の一滴。
九州山脈の懐に抱かれ、清らかな球磨川が静かに流れる球磨郡球磨村。日本屈指の鍾乳洞・球泉洞をはじめ、日本棚田百選に選ばれた松谷棚田や鬼の口棚田が織りなす風景は、どこか懐かしく、そして力強い生命の気配に満ちています。清冽な水面に時折、翡翠(かわせみ)が鮮やかな青い線を引いて飛び去る―――。そんな静謐な景色の中に、創業以来150余年の歴史を刻んできた『渕田酒造本店』は佇んでいます。
令和2年7月豪雨。猛威を振るった濁流は、この焼酎蔵を飲み込みました。あれから6年の歳月を重ねた今、蔵の扉を開けると、新調された杉の清々しい香りが鼻腔をくすぐります。5年ぶりに再会した6代目当主・渕田嘉助さんの、78歳とは思えないほど力強い眼差し。その静かな佇まいの奥には、壊滅的な被害を乗り越え、再びこの地で醸すことを選んだ不屈の精神と、亡き母・勝子さんへの思いが静かに、熱く宿っていました。
明治から受け継ぐ「嘉左衛門さんの焼酎」
『渕田酒造本店』の歩みは1869(明治2)年、渕田嘉左衛門が明治政府から醸造許可を得たことに始まります。「嘉左衛門さんの焼酎」として地域に根ざし、かつては「嘉左衛門茶屋」として旅人の喉を潤してきました。
明治41年、肥薩線の敷設に伴い現在の場所へ移転した際、創業時から仕込みや貯蔵に使用してきたかめも一つひとつ大切に運ばれました。目立った看板もなく、一見すれば通り過ぎてしまうほど小さな蔵。しかし、そこには麹造りから洗米、蒸留に至るまで、手造りの伝統が息づいています。球磨焼酎の蔵元の中でも最も下流に位置する「一勝地」という地で、渕田さんは一子相伝の技を守り抜いてきました。
令和2年の豪雨では、江戸時代から受け継いできたかめ60個のうち、40個以上が割れるという悲劇に見舞われました。しかし奇跡的に残った8個のかめは、今も現役で一次仕込みに使われています。形あるものは壊れても、魂までは流されない。一勝地で醸し続けることこそが、代々の先祖と母への報いであると、渕田さんの背中が語っています。
「ここまで川の水が来たんですよ」と貯蔵タンクに残る水害の爪痕を伝える渕田さん。2階建母屋の屋根を伝って高台にある貯蔵庫へと避難し、屋根裏に8時間避難していたといいます。
風土と技が織りなす、球磨焼酎の本質
球磨焼酎の魅力は地元の米と水、そして微生物が織りなす精緻な調和にあります。蒸した米を麹室でていねいに米麹に育てて、地下に埋めたかめで静かに発酵させる工程は、まさに自然との対話。温度や湿度の微細な変化を感じ取りながら、時間をかけて仕上げていきます。
近年は効率化のためタンク仕込みが主流となる中、この蔵では江戸時代から続くかめ仕込みを守り続けてきました。災害により多くのかめが失われた今も、残されたものを生かしながら新たな設備と融合させ、次の時代へとつないでいます。
仕込み水には、蔵から2kmほど離れた水源から湧き出す伏流水を使用。都会から訪れた人々が、その蛇口から出る水のあまりのおいしさに感嘆の声を上げるという、村の宝物のような天然水です。
みずみずしく、若々しい。翡翠の色に託した「翠勝」の物語
今回、鶴屋の2026年お中元ギフトのために用意していただいた球磨焼酎「翠勝(すいしょう)」は蔵の再建後、二期目となる特別な一本。伝統の「かめ仕込み」と現代的な「減圧蒸留法」により真空に近い状態で低温蒸留することで、米本来の華やかな香りを引き出しつつ、雑味のない軽やかでまろやかな口当たりが実現しました。
原料には、球磨村渡の農家グループ「球米(きゅうべい)」が育てた食用米「ひのひかり」を使用。「この米で焼酎造りを再開してほしい」という球磨村役場職員の声から生まれ、地域の思いが結実した逸品です。
かつての蔵に宿っていた「家つき酵母」は失われましたが、でき上がった酒は驚くほど変わらぬ味わいを保っていたと渕田さんは安堵の表情を見せます。それは技の積み重ねと、土地の力を宿した「水」や「米」による賜物といえるでしょう。
「翠勝」を口に含んでみると、その名の通り、まるで球磨川を舞うカワセミ(翡翠)の羽のような、爽やかでみずみずしい香りが広がりました。一年間の貯蔵を経て角が取れた味わいは、キリリとした輪郭を持ちつつも、驚くほど喉越しがスムーズ。若々しいエネルギーに満ちた一杯です。
「刺身が一番よかと思う。どんな食事にも寄り添いますよ」と、渕田さんは微笑みます。おすすめは、ロックや水割り。氷が溶けるとともに変化する香りの階調は、夏の夕暮れどきに、涼やかなひとときを運んでくれそうです。
カワセミの羽色を映したボトルに、「翡翠(カワセミ)」の「翠」と「一勝地」の「勝」を重ねた題字。ラベルのデザインは球磨村役場の職員の方々が手がけられました。こうして完成した一本は、蔵の再建を心待ちにしていた地元の人々の思いと、村の絆が形になった「共創の雫」でもあります。
未来へと受け継ぐ、一勝地の誇り
豪雨からの歳月、残された在庫を頼りに歩んできた日々。そしてようやく果たした蔵の再建。今、再びこの地で焼酎を醸す日常が戻りつつあります。さらに現在、被災したかめから酵母を培養できる可能性も見えてきました。かめに付着していた酵母菌を熊本県の職員が大切に培養してくれたエピソードを嬉しそうに語る渕田さん。「いつか、その酵母でまた焼酎を作りたい」という新たな目標も生まれました。
「できれば、これまでと同じように続けていけたら。その一方で、跡継ぎがいないから早めに決めんとですね」と語る78歳の渕田さん。その口調はどこまでもマイペースで穏やかですが、50年以上にわたり焼酎一筋で歩んできた矜持が滲みます。
一勝地で生まれ育った人々が、故郷を離れてもなお取り寄せ、愛し続ける『渕田酒造本店』の味。その存在は単なる嗜好品ではなく、故郷そのものといえるかもしれません。今回のお中元ギフトには、復興への祈りと人吉・球磨の豊かな風土を次世代へ繋ぐという決意が込められています。
人の手で紡がれてきた味わいは、時に人の心を励まし、遠く離れた誰かとつながるきっかけにもなるものです。大切な方への贈り物に、この美しい物語が宿る「翠勝」を。一献傾けるたびに、球磨村の清らかな水辺の情景が、あたたかな余韻とともに心へ広がっていくはずです。